経営指針・実践中

2021年度大阪同友会のスローガン【正念場の年「ビジョン2020」を深く学び、すべての会員で経営指針に基づく自社経営をすすめよう!】に従って各社の経営指針・ビジョンを紹介する巻頭特集を組みました。それぞれの同友会活動や、経営理念・指針・ビジョンについて、社員とともに実践していくその有り様を取材しました。社員との共育、時代の惨禍にいかに対応していくのか、経営指針を羅針盤としたその根幹となるお話を紹介します。

vol.9  理念が腑に落ちると視力があがる

あの人に聞く

ダイ精工 代表 松井 大祐
(中河内ブロック/八尾支部/2009年度入会)

PROFILE
所 在 地:大阪府八尾市南木の本
URL:https://www.daiseiko.jp
創 業:2001年
設 立:2001年4月
年 商:1億5,000万円
社 員 数:17名
業務内容:CNC自動旋盤による金属加工

八尾市にある面白い物づくり屋、ダイ精工を紹介します。まったく違う業種で働いていた松井社長は草野球の仲間の影響で物づくりに出合います。そこで5年間修業を積み、2001年にダイ精工を創業しました。現在、油圧機器やエンジン内部のシャフト部品を製作しています。

ダイ精工が作っているものは、どちらかというと数が多く、需要が続く製品です。しかし、そのような製品づくりは、中国やアジアの工賃が安いところと競合になります。その中でどう戦っていくのか。まずは24時間機械を動かすこと、そしていかに止まらないように仕事を確保し段取りをしていくのかが、キーポイントとなります。ダイ精工は、終業時に朝までの分の材料をセットして夜は無人で機械が加工をしています。段取りやメンテナンスが非常に重要になってきます。そして「一番大切なのはバランス」と松井さんは言います。見積もりでは24時間工場を動かして採算がとれる金額を提示します。するとやはり海外製と比べて高くなります。そこで決め手になるのは品質と対応です。「海外に出したら品質と対応面でリスクがありますよ。ダイ精工なら間違いなく良品を納められる。どちらがいいですか」と顧客の担当者に問いかけて仕事を取っていくとのことです。

もう一つの会社 株式会社DAI精工

この会社は工業用バキューム式掃除機の修理及び製品販売をしています。以前より使っていたバキューム掃除機のメーカーがなくなり、掃除機が壊れた時に部品を自ら製作して修理したことがきっかけで、ユーザーから修理の依頼がくるようになり、会社を立ち上げました。現在は使いやすいホースやフィルターを開発し、製品にしています。売上的にはまだまだダイ精工の5%程度の事業ですが、ネット事業部を立ち上げて中古品を引き取るなどして、どんどん伸ばしていこうと計画を練っています。



経営指針確立・実践セミナーを受講

松井さんは、リーマン・ショック後、以前の形の経営指針確立・実践セミナーで理念コース(Aコース)を受けました。しかし、無理やり誘われたこともあり、その時は内容が腑に落ちませんでした。2020年、時代の変化に対応しなければならない、今までやっていなかったことをやらなければならないとの思いで経営指針確立・実践セミナーを受講しました。社員さんの中から、後継者の候補がでてきたことも受講のきっかけになりました。

セミナーを受講して腑に落ちた理念

経営理念を考える講で、腑に落ちた理念ができあがりました。理念が確定するとそのあとはやることが明確になり、方針や行動計画がいくらでも湧いてくるような感覚でした。実際に、経営指針確立・実践セミナー受講の最中に工場改善や新工場購入など、思い切った行動ができたとのことです。


■経営理念を英語で


■ 経営理念入りのTシャツ(パートの社員さんがデザイン)

経営理念を英語にしたのは、常に背中に背負えるお洒落なものにしたいとの思いがあったからとのことです。

まだ受講していない会員へのメッセージ

人に強制されて受講するようではだめだと思います。会社や自分を変えたいと本気で思っているなら受講すべきです。そして経営理念を本気で考えること、理念が腑に落ちたら、やることが見えすぎるぐらい見える、視力が上がったような感じになります。ぜひこの感覚を味わってほしいと思います。また、指針書づくりなどは規模に応じて実行することが大切だと思います。

中河内シンポジウムの紹介

松井さんが先輩会員から引継いで活動してきたものに、八尾シンポジウムがあります。実行委員を歴任し、委員長も務めました。今年も2月12日(土)に開催します。大阪経済法科大学、大阪商業大学の参加と今回は八尾市振興会議の座長をしている近畿大学の先生の基調講演を予定しています。八尾支部は八尾市と包括協定を結んでいます。1997年八尾支部が設立され、その翌年から産官学による八尾シンポジウムが開催。以後毎年開催されて現在に至ります。その輪を広げようと今年は東大阪市を巻き込み「中河内シンポジウム」の名で開催される第1回です。(取材:文/山田、写真/田村)

中河内シンポジウムの紹介

地域の産業振興、まちづくりを地域市民(商工・産官学)全体で議論・共有する八尾市中小企業地域経済振興基本条例に掲げられた理念に則り、産官学がそれぞれの現業を通して、地域の活性化に寄与できること。相互協力が必要なことを毎年、討議し合う機会を設けることで、今後の連携を深め実践につなげる機会を発展拡大させる。この試みは八尾市で既に23年間継続実施してきており条例制定の礎となった経緯がある。今回の目論見は、この活動を八尾市と住工経済をともにする中河内エリアに拡充して開催するものである。

vol.9  多様性を尊重しあい支えあい 多くの個性が輝く社会に

あの人に聞く

新行政書士事務所 代表 新 正伸
(大阪中央ブロック/中央南支部/2011年度入会)

PROFILE
所 在 地:大阪市中央区久太郎町
URL:https://shin-jimu.com
開 設:2011年1月
年 商:5,600万円(2020年12月期)
社 員 数:6名
業務内容:飲食店・風俗営業・古物商・旅行業・人材派遣・運送業などの許認可手続をはじめ行政手続全般

繊維問屋街の様相を色濃く残す丼池筋にオフィスを構える「新(しん)行政書士事務所」。行政書士3名、事務スタッフ3名の合計6名が、新分野に事業展開する中小企業や個人の各種許可申請業務の代行業務を行っています。代表者である新正伸さんに話を聞きました。

行政書士試験に合格したのだから開業を!

大学で経済学を専攻した新さんは、卒業後に大阪府医師協同組合に就職。開業医に向け、医療機器や生命保険・損害保険などのセールス業務を担当していました。サラリーマン生活も20年にさしかかったころ、職場の事情で転職を考えるようになりました。どうしようかと思い悩んでいたところ、元の上司が行政書士試験に合格したという話を耳にします。「そうか、勉強したら自分も合格するかもしれない」と、軽い気持ちで受験するのですが、わずか2年ほどの受験勉強期間で見事に難関を突破。1年半の残務整理期間を終えて「合格したのだから開業を」と、現在地にオフィスを構えました。

これは勉強せんと太刀打ちできへん

「なりゆきで」開業したのは、2011年1月。前職のつてでわずかな顧客を得たものの、3月には東日本大震災が発生。日本経済は大打撃を受けることになります。新さんの仕事も絶不調。鳴らない電話を前にして頭を抱え込んでしまいます。このとき目に留まったのが中小企業家同友会のパンフレットでした。「経営者になったのなら、こういう会に行ってみたら?」持ってきてくれた知人の声が頭をよぎります。「とりあえず、やれることはやってみよう。経営者の集まりなら社長がいっぱいくる。営業もできるやろ」。そんな気持ちで4月に同友会の事務局に電話をします。担当が説明に来て、勧められるまま例会に参加。発表やグループ討論、他の経営者たちの真面目な姿に圧倒されます。「これは勉強しないと太刀打ちできへんな」。そう感じて入会を決めました。

いろいろな個性を持つ人が働ける社会に

その後、新さんの誠実な人柄と丁寧な仕事が認められ、仕事は徐々に増えていきました。ただ、課題はありました。当時、たった一人だった従業員が、定着しないのです。こんなことがありました。ある人を雇い入れたのですが、彼は仕事面では優秀なのに対人関係に課題がありました。行政書士の仕事はコミュニケーション能力が重要です。結局、続けられず退職しました。「一対一の小規模事務所だから続かないのか?」大きな事務所なら優れた面だけを認めてもらえて、活躍の場が必ずあるのではないかと。そのとき、新さんはいろいろな個性を持つ人が働ける環境を作りたい、そのためにも従業員を増やそうと漠然と考えたそうです。

経営指針確立・実践セミナーで、もやもやが解消

その思いは、2017年に受講した経営指針確立・実践セミナーで明確になります。もやもやとしていた理想を経営理念というかたちで文章化したことで、きちんと整理されたのです。「多様性」。まさにこの言葉が新さんの求めていた言葉でした。多様性を軸に経営理念を作り、行動理念を作り、先の計画作成へと大きく駒を進めることができました。多様な人たちを受け入れる社会を作るという理念がはっきりしたことで、物事をシンプルに考えることができ、悩みも減って楽になりました。「経営指針確立・実践セミナーに参加し、根拠に基づいた考え方を身につけたことで、すべての課題をスピーディーに解決できるようになりました」

全員で考えて実践する経営指針

現在は従業員も巻き込んで、経営指針について意見を出し合ったり、「働き方分析シート」を活用するなどして、個々の多様な思いを経営に取り入れる工夫をしています。経営理念、行動理念、それに基づいた毎年のテーマを作っています。ちなみに、2021年のテーマは「自主性を育む(自分を磨く)」。自主的に何か(仕事)を深く理解する。そうすることで仕事が楽しくなって、長く続けることができる、そこにつながっていくと考えています。「自主性は永遠のテーマなのかもしれませんね」と新さん。

シンプルな経営指針書づくりを

「指針経営の必要性はわかっていても、やり方がわからない」という経営者も少なくありません。新行政書士事務所の経営理念は、A4の用紙1枚にまとめられています。難しくせず、簡単に説明できるようにするのが新さん流。そして経営指針書づくりは特別なことではなく、経営者であれば当たり前のこと。目標・目的を文章化するだけと言います。「わからなければ、周りの人に聞いたらいいんです。私もどんどん聞いていますよ。指針経営をする人が増えると共通言語が増えるし、支部運営も円滑になります。もちろんご本人も同友会活動が楽しくなるはずですよ」と、新さんは語ってくれました。

新さんには、2022年3月24日(木)に開催される中央南支部例会で報告をしていただきます。
月刊誌の記事に興味を持った方は、ぜひ参加してください。
(取材:文/沢田、北川、谷澤、写真/谷澤)

 経営理念

・私たちは、誰もが大切にされ多様性を尊重しあう社会を実現します。
・私たちは、行政書士業を通じて、多様な人たちを受け入れることのできる社会を実現し、日本と世界の 架け橋となります。

 行動理念

・私たちは、地域から愛され頼りにされ、キラリと光る事務所となります。
・私たちは、日本一のサービスを提供し、中小企業から目標とされる事務所になります。
・私たちは、職員全員が認めあい、成長を支えあい、 喜びを感じられる事務所をつくります。

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。 学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

見いだしてからが始まり


私が経営指針確立・実践セミナーを受講したのは入会後まもなくの2013年1月。数年後に再受講もしましたが、納得のいく理念はできず、方針や計画もつくってみただけでした。仕事は相変わらず実務に追われる状況でしたが、同友会でのこうした取材や会の運営に参加する中で出会いにも恵まれました。昨秋、ようやく理念ができあがり、今後やるべきことが明確になりました。例会でのグループ討論も自分としては実のあるものになってきたように思います。今月号のダイ精工の松井さんほどには「方針や行動計画がいくらでも湧いて」こず、まだ「あれもしなきゃ、これもしなきゃ、さあどうやってやろうか?」という状態ですが、あれもできていない、これもできていない、と不安に思っていた時とは明らかに違います。新行政書士事務所の新さんが言うように、分厚い指針書をつくることが目的ではありません。思いや方針を明文化し、一緒に実践するメンバーとともに自社らしい内容に膨らませていくことが大切でしょう。大変遅まきながらですし、すんなりいくはずはありませんが、これから少しずつでも自社がよくなっていけることが楽しみです。(情報化・広報部北川)



vol.8  経営指針は多様性を持って自社仕様にカスタマイズする

あの人に聞く

(株)グリーン・アート 代表取締 松本 直樹
(大阪北ブロック/豊能支部/2010年度入会)

PROFILE
所 在 地:大阪府豊中市上津島
URL:https://www.greenart.co.jp
創  業:1958年4月
設  立:1968年12月
資本金:5,500万円
年  商:4億3,000万円(2021年3月期)
社 員 数:41名(うち役員1名 契約社員4名 パート3名)
業務内容:テレビ番組大道具製作設営、デザイン、生花造花装飾 展示会ブース企画提案、ステージ設営製作 商業施設などの季節装飾 イベントサイン 宴会場看板など

概要及び事業内容

名神と阪神高速が交差する豊中インターチェンジの近く、株式会社グリーン・アートさんを訪問しました。2018年に箕面船場から本社移転で建設した建物の玄関には社名とロゴマークが描かれています。会員仲間に描画をお願いしたとか、松本さんのお気に入りでした。創業は父:松本義輝氏で、叔父:孝治氏に次いで直樹氏が三代目です。会員企業としては珍しいテレビ番組大道具の製作設営やステージ設営など面白そうで華やかな仕事のようですが、その背景はと興味を持ちました。職種は造園業から始まり、テレビ黎明(れいめい)期のころにテレビ番組のスタジオに庭を作るという大道具の仕事がきっかけでテレビ局の仕事を受けるようになりました。各テレビ局と契約を結び大道具スタッフとして常駐勤務が始まりました。地元の市民会館とはホール契約、舞台管理業務を経て、他、仮設の装飾、イベント業務を広げています。


■ 正面玄関

社長就任後のリーマン・ショックと経営指針

松本さんが社長に就任したのは2006年。そのときすぐに経営計画書を作成したそうです。その後リーマン・ショックの不況もあり、BtoCを意識した独自の新商品開発をめざし「ダンビョーブ」(ダンボール紙で作った屏風という意味の商品名)の発売を開始しました。宣伝動画も早くもその時に配信スタートしています。



同友会は当時の北摂支部へ2010年入会。経営指針確立・成文化セミナー(当時の呼称)を受けるよう勧められ、もともと自分で作っていた経営理念をブラッシュアップするつもりで参加しました。「わが社の経営理念は感動がキーワード。従来のものと合わせて作りましたが、持ち帰って社員に見せたところ『届いていない~⁉』という反応です。説明不足だったのか、みんなポカンとしていて朝礼で読んでも響きが悪い、感動がない。同友会名物だと言うから受けたのに、なんだかなぁ…」とそのときの回顧録が浮かびます。やはり直感は大事。徹夜でホテルに缶詰めになって考えたのは「信念を固める」という意味合いであったのだと思い返します。そして経営理念を補完するより具体的な「行動指針10カ条」に落とし込み、朝礼でこちらを唱和すると社員も社長もしっくりきたそうです。以後この10カ条は毎朝唱和されています。

現在の経営に対しての課題

松本さんはウイットに富むアイデアマンで北ブロック広報誌(北極星)の編集を担っています。仕事柄、入会時から広報委員に推薦され活躍してきました。行動指針の文言には明治の時代を思わせるような言葉が並びますが、この中には取材で語っていた万感の思いが込められています。「どんな仕事もおもしろいと取り組めるのか、ルーティンワークにも、どこか違いを見つけ楽しめるのか。人と人のコミュニケーションを大切にしているか」仕事のセンスを仕込むのが最も難しいと言います。グリーン・アートとしてチームで入って、よその会社と比べて間違いなく選ばれるためには、芸術だけではない、なぜうちの会社が仕事をいただけるのか考えること。図面どおりに作るだけではない、お客様のことを思いひと手間もふた手間も掛けて作りこむ、付加価値をどこにつけるか。その実キーワードは「ものづくり」ではなく「サービス」であること。結果だけでなくプロセスも大事。その親切丁寧な仕事が見積もりも度外視で選ばれる会社になると言います。

今後の展望や夢 脱・現状

これからの取り組みは動画チャンネルを作る事業と極厚ダンボールの加工だそうです。再構築補助金を申請して新しいプリンターとダンボールカッティングマシンを導入の予定です。イベント施工の仕事が、印刷、サイン、ダンボール会社などどこでも対応できる状態になっているように、今後ますます業界の垣根はなくなるものと展望しています。企業が独自の舞台で動画コマーシャルを作る時代、差別化するためにはノウハウの情報共有、アウトプットの人間力が勝負になります。そのような中、松本さんには新たな社員教育の構想が生まれました。「理想のグリーン・アート社員」のキャラクターを作り、社員に向けてキャラクターがマンガで語りかけます。「給与体系を明確に!」「ボーナスを死守するぞ!」社員の望むところを明確にすること。いかがでしょうか、社長が言うよりいいでしょう。


■10月の目標が三方に向けて書かれている

経営指針を実践して感じること

今、松本さんは指針書の巻き直しをしたいと考えています。理念、経営指針は各業界、会社によってまちまちであり一元化するのは無理があります。あくまでも同友会が推奨するのはモデルケースであり、中身を自分の会社仕様にカスタマイズしていくのが大事であるということ。それは社長の役割であり、銀行よりも顧問税理士よりも、コンサル会社よりも社長が一番自分の会社を分かっているはずと言うのです。社長の思いが込められていないと、どんなに熱い言葉でも社員には届かないと言います。それだけでなく、さらに響いてもらうためにも、多様性のある経営デザインシートを作り「再来数=信頼度の件数、売り上げ=ありがとうの対価、新規顧客数=ここが良さそうと選んでくれたお客様の数」など、かみ砕いたわかりやすい表現を使い、数値の捉え方を置き換えます。考えてきた事例を話す中、グリーン・アートのアフターコロナはすでに見えているようでした。(取材:文/西岡、赤井、藤井、写真/田村)

 (株)S&S経営理念 「やさしさと思いやりで、人生に彩りを与える」

一、豊かなる想像力と力強い創造力で感動をつくりあげる企業をめざします。
一、礼節を尊び、仕事を通じて社員一人一人が社会とよりよい関係を築きます。
一、現状に甘んじることなく飽くなき探求心を持ち続け愉快な気持ちで邁進します。


行動指針10カ条
一、凡事徹底にして業務を全うすべし
一、確固不抜にして正しき道に従うべし
一、安全第一とは見た目にも安全であるべし
一、下意上達、上意下達どちらも急いで伝えるべし
一、現状に甘んじない常に疑問を持つべし
一、良き仕事を適正価格で提供すべし
一、感動はどこからくるのかを考えるべし
一、自分自身の成長を日々の目標とすべし
一、アイデアを出し続けるべし
一、お客様の立場になって考えてみるべし


vol.8  会社の器・社長の器を 共に大きく

あの人に聞く

(株)松下工作所 代表取締役社長 松下 寛史
中河内ブロック/東大阪第三支部/2011年度入会

PROFILE
所 在 地:大阪府東大阪市渋川町
URL:https://m-kousaku.co.jp/
創  業:1970年
設  立:1981年1月
資 本 金:1,000万円
年  商:1億2,000万円(2021年9月期)
社 員 数:11名(役員2名アルバイト2名含む)
業務内容:商業施設、オフィス、ビューティーサロンなどの住宅インテリアオーダーメード金物の製作

事業紹介

株式会社松下工作所は、商業施設やオフィス、ビューティーサロン、住宅インテリアなどの付加価値の高いオーダーメード金物を工務店の依頼を受けて製作しています。技術力が評価されて「トワイライトエクスプレス瑞風」のインテリアも手がけました。


■新工場正面


■整理された事務所

経営指針セミナーとの出会い

同友会に入会してすぐに、支部の先輩から指針セミナー受講の勧誘があったという松下さん。そこまで言われるのなら、と少し投げやりな気持ちで受講しました。もしもあの時、指針セミナーを受講していなかったら今の会社も社員もおらず、恐らく一人でブローカーをしていたと思うそうです。社員との面談の話で松下さんが「俺は同友会に行っていなかったら、たぶん君を首にしているか、辞められていると思うわ」と話すと、社員からは「僕もそう思います」と返答がありました。社長の変わり具合を社員も実感しているからこその会話だと思います。

現在の経営に対しての課題

今は自社商品の売り上げは全体の7%程度ですが、将来に向けてワクワクする分野です。100%下請けとしてやってきたので全く反対側の世界だと実感しています。モノを作るのは得意ですが、エンドユーザーに買ってもらうための商品化や売り方に関しては模索中で、興味のある社員とチームで取り組んでいるそうです。指針書と現状は一致しているか尋ねると、今までに掲げたビジョンで曖昧なままのものもあり、中にはいつの間にか消えてしまったものもあるそうです。「社長は何したいのか分からない」と言われることも多いのですが、そのような中でも達成している、達成に向かってすすんでいるといった例もあります。9年前の第1回方針会議で唯一決まったのが「高卒を雇って育てる」です。今まで4人の高卒を採用しました。2名の退職もありましたが、2015年入社と2017年入社2名が活躍してくれています。また来年4月には女子生徒の職人希望の採用が決まっていて、工場の空気が変わることを期待しています。新卒を採用できたからいいのではなく、採用し育成していくためには、今勤めてくれている社員が働きやすい労働環境を整えることが重要です。また職人の世界ですが、若者に教える、自分の技術を伝えていく社風になっている、そして会社に未来があることだそうです。

6年前に掲げたビジョンに新工場の建設

当時「借金が増えるだけだ」と賛成できない社員もいましたが、こうして新工場を建てた今、その社員も含めて本当に建ててよかったと実感していることを確信しています。社員の頑張りやお客様のお陰ですが、先代がこの地域でまじめに事業を続けてきてくれた、そして銀行と健全なお付き合いをしてきてくれたことが大きく、今になってようやく会長と母、また当時働いてくれていた社員に感謝しているそうです。

経営指針に対する思い

10年前は目先の業務のことしか考えておらず、課題も分からず将来も見えず、社員やお得意様にまで不満を持ち、自分の立ち居振る舞いを棚に上げ、ただ何かうまくいかないという感覚を持っていたと言います。仕事が欲しくて同友会に入会したのですが、自分に必要なのは仕事より指針経営だったことを教えてくれたのは同友会の仲間でした。「指針経営をするというのは社内外に対する約束であり、まず経営者自身が自分を律することが大切だと思っています。書いている中身を社長がどれだけ本気で思っているのか?まあ半分くらいできたらいいか?なんて思っていたものはほとんど実行できていません。まさに絵に描いた餅ですね」。社長が本気で思い、社員に「社長本気やな」と伝わったことだけ達成できているそうです。社員は見抜いています。今後も本当にそうなりたいと思っているのか?自問自答を繰り返していくことが大切だと言います。

同友会会員に対して指針経営の勧めアドバイス

「私のやってきた指針経営は全然きちんとしておらず、指針書としてもファイルになっているものはなく、手本には程遠いです。ここまで社員がついてきてくれたのは、私の経営姿勢とそれを成文化した経営理念があったからだと信じています。社員への約束ですからね。指針経営と言われると難しいように思いますが、まずはひとつ社員と一緒にめざす目標を決めることだと思います。稚拙でも手書きでもいいと思います。既に記述していますが、当社の初めての方針は『高卒を雇う』それだけでした。36協定も知らず、年間休日も決まっていない会社でした。それでも実現し、今も続けられているのは、社員との共通の危機感からくる共通の目標だったからです」と率直なアドバイスをいただきました。

同友会で学んだこと

話す、書く、経営の数値的なことや会議のすすめ方、工場の改善、労働基準法や就業規則の整備、障がい者雇用、外国人雇用など経営に関するほとんどを同友会で学びました。もちろんそこから専門的な分野は他でも勉強しましたが、その基本的な考え方の根底には労使見解があります。他にもきりがないくらいですが、松下さんは同友会で本当に学んだことは何かと問われると“相手の気持ちになること”だと言います。同友会には実に多彩な価値観の方が集まっています。いろいろな同友会の例会や会議の中で時に恥をかいたり相手を怒らせてしまったり、腹が立ったり、発言で相手を傷つけてしまったこともあるそうです。そのような出来事の中で自分と考え方の違う人の話を聞く、違いを受け入れる、しかし自分の考えもしっかりと伝える。これは同友会のためではなく、社員はもちろん妻や子どもたちとの関係でも同友会で学び身についたお陰で自分の今の幸せがあるのだと感じています。

松下さんには、2022年1月18日(火)に開催される南東ブロック合同例会で「会社の器・社長の器を共に大きく~私の経営に雨宿りはない~」をテーマに報告をしていただきます。月刊誌の記事に興味を持った方は、ぜひ参加してください。
(取材:文/平山、山田、大西)

 経営理念

私たちはものづくりに情熱と誇りを持ち活力あふれる環境を構築します

ものづくりの思い

私たちはものづくりを通して自分自身と関わる全ての人の幸せを追求します。仕事を通して自分の幸せを追い求めると同時に会社の仲間、材料屋さん、お得意様、大工さん、さらには当社の納品した製品を使う人、その店に来られるお客様まで全員の幸せを目指して仕事をしています。(ホームページ掲載より)

ビジョン

自社商品の開発、販売。具体的には売り上げの半分を自社商品にする。

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。 学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

経営指針書がもたらす本当の意義


同友会が推奨する「経営指針書の作成」は経営姿勢の確立・理念の成文化から長期ビジョン、自社分析、方針と目標、行動計画といった経営指針を実践するためのものです。経営者は会社発展をめざして必死に指針書を作り行動を起こしていく、とはいえ指針書を作成すれば会社経営は万全というわけではありません。数値目標や経営理念がひとり歩きして気が付けば誰もついてこないようでは意味をなさないのです。経営理念を浸透させるには日常の行動から見直し、理念を理解するとはどういうことなのか、会社や社員にとってどう関わってくるのかをわかりやすく伝えることが大切です。松本さんはこの実践のために“読ませるより見せる”また“伝えるより伝わる”ことが重要であると考えています。これこそが「指針書の作成」の本当の意義といえるのではないでしょうか。(情報化・広報部赤井)

松下工作所の取材は工場見学からスタートしました。同行取材メンバー製造業のYさんやOさんは小物の収納に興味津々です。3Sの行き届いたきれいな工場は私のイメージしていた製造現場とは大違いでした。今回の取材で一貫して感じたことは「見せ方」へのこだわりです。高卒求人に力をいれていることも大きいと思いますが、業界外の人(求職者・学校の先生・一般消費者)から見られることを意識しているようでした。具体的には、会社案内やカタログをプロのデザイナーに依頼していることや、おしゃれな事務所などです。コロナ禍の逆風に負けずに、個室型静音ワークスペース「BIZBOX」の開発など、時代の変化と自社技術を適合させながら、前に進んでいる姿が印象的でした。価格も安く2人作業ならたった15分で組み立てできて好評だそうです。
(情報化・広報部平山)



vol.7  拡大しつづける会社 その原動力は人である

あの人に聞く

(株)S&S(エスアンドエス) 代表取締役 川見 清豪
(大阪東ブロック/大東四條畷支部/2016年度入会)

PROFILE
所在地:大阪府大東市氷野3丁目 
URL:https://www.familiar-ns.com/
設 立:2012年12月 
開 設:大東本部開設 2013年4月 
資本金:1,000万円
年 商:4億4,200万円(2020年11月期)
社員数:85名(うち13名が非常勤)
業務内容:訪問看護事業・障がい児通所支援事業・特定相談支援事業・障がい児相談支援事業・居宅介護支援事業・訪問介護ステーションからの訪問看護、訪問リハビリテーション

概要及び事業紹介

株式会社S&Sは大東市の氷野にあります。平成24年12月に会社を設立、翌年4月に同じ職場に勤めていた仲間5人でリハビリ訪問看護ステーションファミリアを開設しました。以前勤めていた仲間を自分が雇い、所得を上げてあげたいとその一心で事業を立ち上げたそうです。事業の内容は、介護保険や医療保険での訪問看護や訪問リハビリの実施です。その後地域社会のニーズに伴い、発達障がい児に対する児童デイサービス、障がい者や高齢者に対する相談事業も開設し、最近は介護事業や児童デイサービス事業のコンサルティング事業を実施し、現在4事業を10カ所で展開しています。事業を増やしてきた理由のひとつに、地域からの要望があります。また、勤めていたころの仲間をより多く受け入れるために新事業や事業所を増やしているということです。現在、従業員は全職員85名(うち13名が非常勤)です。年々新規事業開設を行って増員中で、来期には100名に達する予定になっています。


■ (株)S&S 大東本部

経営指針セミナーに出合った経緯

2016年同友会に入会、当初は幽霊会員の状態でした が、支部内のフォロー委員に任命され、委員会活動に参 加。その委員会で「川見さん、セミナーはもう受けた?受 けていなかったら絶対受けた方がいいよ。同友会に入った ら、まずここが入口みたいなものやから」と、当時のフォ ロー委員に言われ「同友会に入会して自分はまだ入口にも 立っていないのか」との思いで、セミナーの申し込みをし た川見さん。  セミナーの、労使見解・理念、労使関係や方針、数値目 標、行動計画などの各講での学びは、川見さん自身が日ご ろ考えていることと一致し、違和感なく納得した感じで学 ぶことができたとのことです。



現在の経営に対しての課題

課題は、ひとつは保険事業が根幹事業なので、外部環境要因として、介護保険や医療保険の動向がポイントとなること。もうひとつは今後高齢者が急増し、医療保険や介護保険の破綻や保険診療の締め付けが懸念されることだそうです。これらの課題への対応策として保険事業だけではなく、福祉事業、自費事業であるコンサルタント事業を創設して実施し、リスクの分散化に努めています。リスク分散の手立てとして、経常利益が多く見込まれる今期~3年後ぐらいまでにさまざまな訪問事業以外の事業を計画実施しています。児童デイサービスは9月にオープン。コンサルタント業務も8月より開始しています。同時進行で高齢者のデイサービス事業も物件が決まればすぐに開始できるように、プロジェクトチームはすでに編成し、方針や具体的な内容はすでに決定済みとのことです。もちろん根幹事業である訪問事業の方も、5年ビジョンとして施設を運営することにより、多くの利用者の確保をする予定で、こちらのプロジェクトも別チームで進行しています。

経営指針に対する思い

当初はセミナー終了後すぐに指針書に基づいた経営ができていたわけではなく、その後セミナーの助言者として参加し、リーダーも経験し、初めて実践できる指針書が完成したとのことです。今期はZoomを使用して指針書を全社員に周知することが可能になりました。その後の指針書に対してのアンケートでは「会社のめざす方向性が分かった。自分自身の会社での役割や、やるべきことが明確になった。もっとこういったことも会社の将来のためにやってみたい」など社員からの前向きな意見が出てきました。一方、保守的な社員からは「大変になるのじゃないか。今まで通りでいい」などの意見があったのも事実です。積極的な社員と保守的な社員との意見が明確に分かれました。しかし社員数が85名ともなると、さまざまな意見を持った社員が存在するのも当然かもしれないとのことです。指針書を公表することで社員一丸になれる手応えを感じたので、今後も指針書に基づいた経営を実践していきたいと川見さんは言います。



同友会での学び

川見さんは同友会で学ぶというよりは、共感を得ることが多いと感じています。会社を設立するにあたり、根幹となったのは「社員とその家族を大切にする」「地域のニーズにこたえる」だったので、まったく違和感なく取り込むことができています。その他として、いろいろな人との出会いです。同友会にはさまざまな経営者の方がおり、一人ひとりが独自のカラーで経営している、その頑張っている姿を見ることで、刺激をもらっているそうです。「これからも同友会会員で頑張って経営されている経営者ともっと知り合い、良い刺激をもらって自分自身も切磋琢磨していきたい」と、話していました。川見さんと同じ委員会やグループ会で活動していると、自分の足りないところを感じ、そしてやらなければならないことに気づかせてもらえます。(取材:文/山田、沢田、写真/田村)

 (株)S&S経営理念 「やさしさと思いやりで、人生に彩りを与える」

行動理念
1.障がい者(児)、高齢者の自立支援、健康増進を目的に地域医療に取り組みます。
1.自立支援、健康増進を通じて障がい者(児)や高齢者が明るく生き生きとした生活を送れる地域社会を作れるよう努力します。
1.障がい者(児)、高齢者の生きがい作りのため社員一丸となり、自由な発想で事業を生み出し社会へ還元いたします。


10年ビジョン
現在の訪問看護(リハビリテーション)、児童デイサービスだけでなく、対象者のQOL(人生の質)向上を目的に障がい者対応の旅行業、飲食業を経営する。そして、従業員のために保育所を開設し福利厚生を充実する。最終的には、社員一人、一人が自立できるように社内ベンチャー制度を実施する。


5年ビジョン
少子高齢化が進み、介護保険や医療保険の破綻が予測されるため、現在の根幹である事業の締め付けが懸念される。そこで、まずは、社員教育制度を充実し、技術力、人間対応力を向上し、根幹事業での他事業所との差別化をしていく。具体的には、他社が参入しにくい未就学児(小児)のデイサービス、訪問看護(リハビリテーション)事業の対象を難病、小児中心に実施、拡大をしていく。また、介護保険における訪問リハビリ事業で、実施期限の短縮も予測されるため、受け皿としての事業として、高齢者向けのデイサービスも実施していく。(この事業では介護職の従業員の不足が予測されるため、外国人の研修生を受け入れ、デイサービス事業での外国人研修制度を確立する。)次に保険外事業の初期事業として、高齢者、児童が集まれるようなテーマでのビル管理も実施していく。※いずれにしろ今までに無い事業展開を実施し、競争原理の働かないオンリーワン事業の準備期間としての5年にする。


vol.7  人の命を守る責任 社員を育てる責任

あの人に聞く

ELTEC(エルテック)(株)代表取締役 宮内 暁雄
(大阪南ブロック/河南支部/2017年度入会)

PROFILE
所 在 地:本社:住道矢田工場:大阪市東住吉区住道矢田 / 倉庫:松原工場:大阪府松原市別所
URL:https://www.eltec2016.com/ 
設  立:2016年11月 
資 本 金:500万円
年  商:2億2,000万円(2021年8月期) 
社 員 数:11名(役員2名アルバイト2名含む)
業務内容:制御盤・配電盤の製造、各種機械配線、各種電気工事、電機メンテナンス

訪れたのは近鉄矢田駅から徒歩15分ほど、大和川のすぐ北側、大阪市東住吉区住道矢田の本社工場です。1階作業場の接客スペースでお話を伺いました。

電気の仕事との出合い

高校の機械科を卒業後、機械設計会社に入社するも、一日中デスクワークをすることが苦痛で早々に退職。その後アルバイトでアパレル販売員をしていたところ、高校の同級生が、自社の下請け会社の求人票を持参し、就職を勧めてくれました。計装盤に特化した盤屋(電子制御盤製造会社)さんで、100年くらい続いている会社でした。宮内さんが最後の社員で、社長からは多くの技術を教わりましたが、この会社を継いでみるかと言われた時にはまだ25歳。経営のことなどわからなかったため断り、その会社は廃業しました。6年間勤め、電気に関わるモノづくりに携わり、人の命を守るという責任も学んできただけに、仕事を続けられないのはとても心残りだったそうです。

縁あって31歳で起業

その後、電機メンテナンスの会社を経て、以前勤めた盤屋のライバル会社に就職しました。社内の協力体制がなく、仕事を一人で抱えるため残業が多く、会社に遅くまで残る若手を家まで送ってから帰宅することも頻繁にありました。営業畑の社長が技術的なことを軽くみているように感じられたと、宮内さんは言います。ひとりの同僚と「一緒に何かやりたいな」と話していた時に、前に勤めていたメンテナンス会社の社長が声をかけてくれ、その会社で新しく製造部署を立ち上げました。3、4年目には、主となっていた事業と同じくらいの売上をあげられるようになりました。社長に独立を促され、工場や立ち上げ時の資金を援助してもらって、2016年11月に創業しました。

同友会で、不安感が危機感に、そして学びへ

前の会社のお客さんをそのまま引き継がせてもらい、仕事は十分にありましたが、日々の仕事以外の「経営」については何もわからず、不安でした。そんな時、最初に勤めた電子制御盤製造会社の取引先であった同友会の会員さんから、同友会に誘われました。例会に2回ほど参加した後、とりあえず入ってみようと思ったそうです。入会式で経営指針セミナーを知り、受講してようやく、経営者の考えていることがわかった宮内さん。不安感が危機感に変わりました。現在は河南支部副支部長。同友会活動をしていて役得だと感じることは多いそうです。会員は包み隠さず話をしてくれ、タイムリーな情報を得ることができます。そこが同友会のいいところだと言います。また、幹事会や行事に参加しようと思うと、時間をつくらねばならず、特にリアルで開催されていた時は、現地への移動の時間なども見計らう必要があり、そのおかげで時間をうまく使えるようになったそうです。


■配電盤製造中

Cʼの会で経営指針書の実践具合のチェック

指針セミナーは2018年4月に修了。セミナーで模造紙に完成させた理念は、自身の机の横に掲示しています。初の社員をセミナー受講後に1名採用し、その後も徐々に増やしていっています。また、2019年から計画的にメンテナンス事業にも着手していたことが、コロナ禍で製造関係の受注が減った中で幸いしました。3カ月ごとに開催しているC’の会のメンバーの、厳しくも温かい指摘はとてもありがたく思っています。今の本社工場への移転も、彼らの後押しがあったから。宮内さん自身は、移転はもう少し規模が大きくなってからと考えていましたが「仕事はますます増えるだろう、そうすると手狭になり安全性の確保が難しい」と、メンバーが広い工場への移転を勧めてくれたそうです。

挑戦する姿勢を大事にしたい

社員の力量をきちんと見て、見合った仕事をしてもらえるようにし、仕事に責任を持ってもらえるようにしていきたいと、宮内さん。けがや安全面に気をつけてくれてさえいれば、あとはなんとでもフォローできると考えています。「人は失敗するものだと思うので、怖がらずにチャレンジできる風土づくりを大事にしたい。理念の『可能性に挑戦し』というのは、そこにつながっています」宮内さんがそう考えるようになったのは、趣味でしていたレーシングカーが影響しています。自分はドライバーでしたが、レースはメカニックとチームでやるものです。チーム内でのコミュニケーションは何より大切です。本番前には練習のセッションが何回かあって、最終的に決めたセッティングで走り出します。何かがあったらセッティングを変えてみて、うまくいかなかったらまた元に戻せばいいのだということを、その時に学びました。経営も同じだと思っています。


■1階工場作業スペース

従業員には誇りをもって仕事をしてほしい

評価シートを昨年末から使い始めました。会社を立ち上げて間もないので、フラットな組織にしていますが、従業員の中には経験者も未経験者もいます。その中に自分で勉強をしてしっかりやろうとする人と、そうでない人が出始めました。効率よく作業をする人は時間内に仕事を終え、終業時には帰ります。逆に経験や勉強不足の人は効率がよくないので、残業代が発生します。能力差で給料が逆転するのはいけないと思ったことが、評価シートによる評価制度を導入したきっかけだそうです。自身での評価と役員評価をもとに面談をし、次の目標設定をして、達成度合いを給料に反映させます。評価シートの項目には、技術面のほかに、皆で協力して仕事をするうえで人として大切なことなども入れています。さらに内容を更新して、適正な評価ができるようにしていきたいと考えており、従業員には、人の安全を守ることにつながる電気の仕事に自覚と誇りを持ってほしいと強く願っています。


■2階事務所

ビジョンは将来の社員像と自社商品づくり

会社は休日出勤もまれではありません。そうした仕事のことを家族には理解してもらいつつ、本人も家庭を大事にできるような職場をつくっていきたいそうです。「社内恋愛をして、結婚してもらう。工場内には託児所をつくり、子どもたちには工具を持たせて、幼い時から英才教育をし、やがて大きくなったらELTECに入社してもらえるようにする」旨、経営指針書のビジョンに書き入れています。業界自体はまだ男性社会ですが、細かい作業などもあり女性も十分活躍できる仕事です。社内には、アルバイトも含め5名の女性がいます。ここ5年ほどで、ほかの現場でも女性をよく見かけるようになりました。効率的に仕事をすすめていける女性たちの活躍に期待しているそうです。「実はうどんの自販機をつくりたいのです」と言う宮内さん。祖母が昔うどん屋をしていて、とてもおいしかった記憶があります。レトロな自販機は見かけますが、おいしいうどんがつくれる新しい自販機をつくりたいそうです。「街でELTECのロゴを見られるようになったら嬉しいですよね」明るい笑顔で語る宮内さんでした。
(取材:文/北川、西岡、写真/田村)

 経営理念

私たちは、電気設備を通じて可能性に挑戦しくらしを守ります。
私たちは、一人ひとりが互いに尊重し笑顔のある明るい会社をつくります。

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。 学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

人を生かす仕組みづくり


私たち経営者が悩むこと、それは財務会計と損益計算そして将来における事業継続の持続可能性です。きちんと利益を確保し、そこから次の発展に向け投資あり、成長あり、社員を幸福に導きたいと誰しも考えていると私は思います。コロナ禍の混迷の中とても元気で、短い間に順調に会社を発展させた、二つの企業をご紹介しました。「企業は人なり」とは有名な松下幸之助さんの格言ですが、まさに人。両社に通ずる「人を生かす経営」を感じた取材です。(株)S&Sさんは今、必要とされる障がい者、高齢者の自立支援を目的とする訪問介護や通所支援事業を展開しています。関西一円に数か所の支店・店舗を持ち利用者さんへ地域密着で便宜を図るとともに、医療・看護の専門家の配置やスタッフの雇用を確立してきました。サービス内容がシステム化されスタッフによる各所の運営が続けられています。一方ELTEC(株)さんは社長の人に対する敬意と信頼、社員の未来を担いたい熱い思いが、上司や友だちからも信頼されチャンスが生まれてきたと思います。創業にいたるまでの信頼を受けた、たゆまぬ努力で人を動かし、人を生かす仕組みができました。この「人を生かす仕組みづくり」が最も悩む難しいことなのではと思うのです。
(情報化・広報部 西岡)



vol.6  「現場全員運営」が経営指針書の根幹

あの人に聞く

(株)MPC 代表取締役 森岡 京介
(中河内ブロック/八尾支部/2013年度入会)

PROFILE
所在地:大阪府八尾市太田新町
URL:https://mpcweb.co.jp/
創 業:1958年4月 
設 立:1981年1月 
資本金:3,000万円 
年 商:1億5,000万円(2020年9月期)
社員数:14名
業務内容:精密金属切削 NC・自動盤加工 精密部品販売

会社の沿革と事業内容

八尾空港の南、中小の工場が並ぶ地に、株式会社MPCの森岡さんを訪問しました。創業63年、東大阪市御厨に森岡製作所として祖父森岡茂久氏により創立され、1987年父孝一氏に承継、その後この地に工場を移転し、現在の(株)MPCに社名変更したのは2008年9月のことです。孝一氏が代表の時代1991年1月に同友会に入会し、三代目京介氏を誘い入れ、大変古い親子二代の会歴を持ちます。取材の冒頭に飛び出た言葉は「私は28歳から38歳までの10年間同友会活動は一切しなかった」ということでしたが、京介氏は今46歳、その間に何があったか興味をそそられました。


■ (株)MPC 本社

ISO 9001に基づく高水準の品質管理

扱う製品はステンレス、真ちゅう、アルミ、鉄などの多種金属に最先端のNC自動旋盤を使用して微細加工を施した小径ネジや機械部品です。


■ 小径ネジは驚異的に小さい

目視では検査の難しいサイズの製品を在庫として持ち、短納期の出荷に対応しています。その特殊技術も、2004年に認証を受けたISO9001に基づいて品質管理が行われていることに支えられ、小ロット1個からでも対応という顧客ニーズに応えています。「大阪ものづくり優良企業賞2009」の選出や2011年には「KANSAIモノ作り元気企業100社」に選出されました。


■ 微細加工を施された製品

同友会休眠のあと、突然受けた指針セミナー

28歳のとき青年部会で活躍し例会委員長も歴任したの に、なぜ10年休眠?それは専務の時代に活動が週に何日も続き、同友会にはまりすぎて社長ともケンカ、自分が代表となる年も指定され、いったんは活動を中止したそうです。2010年35歳で代表取締役就任、それから3年は先代の流れで経営。会長の色が濃い中、自分の色が出せなくて悩み、気性の荒い八尾気質は半端なく、会長とぶつかったと言います。 38歳となった正月にあいさつ回りをする途中、新大阪でたまたま本屋に入り手にしたのが経営理念の本でした。 理念と指針、これを学ばなくてはと経営塾を探しましたがピンとこない、10年離れていた同友会以外に思いつくことはできませんでした。

周りの先輩を巻き込んだグループ活動

休眠会員が突然戻って指針セミナーの申し込み、驚いた先輩が飛んできてくれたそうです。セミナーC’の会(共にセミナーを受けた仲間との学びの延長)というより研究会のようにその輪が広がり、毎年新しい仲間も加わり切磋琢磨の素晴らしい居場所となりました。「作った経営理念を最初は見せられなかった。作成の考え方を教えてもらった。発表会だけでなく社員みんなで作るときにも来てもらいたいと思った…」以来5年以上続いている勉強会を回顧します。


■ 工場内整列された材料と精密機械

社員が直接月1回書き入れる行動改革

経営方針や計画書について尋ねると、今社員の中で回っている?とのことでした。回覧の経営指針書が社長のもとに返ってきたので見せてもらいました。書き入れる項目は社員が達するべきレベルごとに段階的に組み込まれ、月に一度研修のPDCAが回せるよう詳細が決められています。細かな手書きの文字で各人が実務をしながら自身の枠を記入します。他の人の進捗も一緒に確認できます。パソコンを使わずアナログで集計されていますが、各人の仕事や到達しているレベルについてとても分かりやすく、また愛着が持てるのだと感じました。指針書の項目は社長が自分で作り、社員に合意を取り、ずれていないか社員に確認します。技術のレベル、実務の完工度、社外コミュニティーがとれているか、相手との人付き合いのほどもわかる項目があります。難易度の高い機械を扱うスキルをマスターするため3年をかける、その研修計画のためのマニュアルは10年ほどかけて作り出されたそうで、それは品質管理にどう関わるかすべて目に見えるようにすることでした。


■ NC 自動盤加工

「現場全員運営」MPC独自の造語を発信

京介氏はMPC入社前、大手の運送会社で過酷な任務を体験していました。その激務に皆が辞めないのは、会社と働く人の合意がそこにあるからと理解していました。「社員の中でリーダー格を枠にあてはめようとすると提出書類が遅くなる。基準を設けるとフェアにはなる…」下のレベルが上がってくると上にスイツチが入るが、先輩ならこれを守れ!と注意すれば辞めることに。つい社員評価に厳しくなり失敗したと思ったこともありました。経営じゃない、それは運営だ、経営は経営者がやるもの、と持論をかかげ「現場全員運営」を発信しました。チェック、注意は同僚から出して、みんなで納得するものを作る信念。忙しい超過勤務を減らそう、一緒にやろうと語り掛け、形になったのが現在の経営指針書です。「発表会には会長も出てきました」と胸中を語る京介社長は次のステップに向け、すでに描いた夢があるようです。


■ 確実なオペレーションのもとに

全大阪経営研究集会での報告

11月15・16日に開催される全大阪経営研究集会の第2分科会では(株)ささやまの今村氏とともに「指針書策定は登頂計画の如し!」をテーマに報告者に立つことが決まっています。取材をしながら興味を持った話の続きを聞けることと楽しみです。 (取材:文/西岡、大西、辻、写真/田村)

 経営理念

三方良し(社員/会社・お客様・社会)の精神で永続的発展(ゴーイングコンサーン)を推進します。


売り手良し
私たちは会社の成長と従業員の満足度を永続的に高められる企業を目指します。


買い手良し
私たちは社員一人ひとりが仕事の熟練を目指し、その集合体を以って永続的にお客様から求められる企業を目指します。


世間良し
私たちは社会から求められる要求を満たして、社会と共存できる企業を目指します。

注)近江商人が培った三方良しの精神は、創業者森岡茂久氏が滋賀県の出身であるところから三代目京介氏の経営理念にもその主義を取り入れて作成されました


vol.6  社員と考えたビジョンが ロゴマークに

あの人に聞く

(株)ナコム 代表取締役 西村 直晃
(中河内ブロック/東大阪第二支部/2015年度入会)

PROFILE
所 在 地:東大阪市加納
URL:https://www.nacom.jp
創 業:1973年
資 本 金:1,000万円
年 商:10億7,000万円(2021年9月期)
社 員 数:40名
業務内容:業務用食品卸販売、メニュー企画・デザイン・制作

事業紹介

(株)ナコムは、使う食品・食材を卸販売するだけでなく、メニューの企画・メニューブックの制作、調理レシピ、集客のサポートなどお客様の施設で提供する飲食サービスの満足度を高めるサポートを行っています。

経営指針(セミナー)との出会い

同友会入会1年後くらいに、先輩会員経営者から「例会だけ聞いても実践しないと意味がない。自社を見つめなおして、変えていかないといけない。そのために経営指針を受けるべき」との誘いがあり、西村さん自身も社内共通の柱である経営理念をつくりたいと思っていたので、思い切って受講しました。経営理念をつくる講義で発表した経営理念については、ただ言葉を寄せ集めてつくったことを見透かされたような指摘を受け、頭を殴られたような気持ちになったといいます。セミナー中には納得したものができませんでしたが、一緒に経営している兄弟や幹部と話しながらセミナー後に仕上げることができました。経営指針セミナーは毎回しんどかったそうですが、会員の助言者の方々が寄り添ってくれ、同期仲間とも議論しながら前にすすめることができました。

経営課題と取り組み

現在のビジョン(今後の展望や夢)

・現在の販売主体の会社から自社の商品を企画することを主体とする。
・農業に興味があり、生産と加工流通まで手掛けたい。
・外食サービスだけでなく、高齢者の福祉向けの商品サービスも展開したい。
・指針書に掲げたことの目的を理解して全社で取り組む社風はできてきた。また、取り組む意欲の高い社員も育ってきている。
・ビジョンや数年先の方向性と、足元の行動がうまく結びついていないこともある。うまくいかないときは私がなぜそれをするのか目的を伝えていないから。また、思うように成果が得られない・原因がわからないこともあり、同友会の仲間からヒントを得るなど、必要な勉強をして取り入れています。絶えず、指針書と現状は一致しているのか?達成度等々を確認しています。

会社のロゴマークがビジョン

ロゴマークは、企業の理念・強み・コンセプトを視覚化・記号化しています。ロゴユニットを構成する要素一つ一つがビジュアライズされており、カラーリングにも配慮し視覚的に印象に残るデザインになっています。自然とその恵みがあってこそのナコム。その恵みをレシピへと変えるナコム。自然とナコムとの関わりと、ナコムのビジョンを視覚化したマークとなっています。


経営指針の実践

1年目の経営指針書は、社員を巻き込んで話を深めていくことはできず、期初に合わせて西村さんが決めた部分が大半でした。毎週の朝礼で経営指針を読み上げ、言葉としては定着しましたが、各々の仕事に結びつけて考えることはなかったそうです。「あれしろ、これしろという感じだったので課題の取り組みについてもやらされ感を持っていたと思います」と西村さん。指針書による経営を始めて3年目に、整備できていなかった残業や就業規則、賃金規定、年間休日や有給の取り方など社員と話し合いながらルールを決めて刷新。同時に有給がしっかりとれるように業務の効率化や新入社員の教育などに全社的に取り組み、(働く環境と業務の効率化が)うまくかみ合うことで仕事をしやすく整備することができました。現在は顧客に対してのサービス向上と新規事業の立ち上げなどビジョンに近づくための取り組みに力を入れています。また、女性社員が多く、結婚しても働いています。育休が取れるような仕事の在り方の体制づくりが課題になってきています。


経営指針の勧め

文字にする(指針書を作成する)ことは、決断して腹を決めること。うまくいかない前提でもあきらめない執念が経営者には必要。本気の姿勢でこそ社員の考えや行動が変わってきます。「多くの経営者は目先の業績を上げることを優先しがちですが、社内の課題を明確にして課題解決に向けての実践を優先することで仕事の質が上がります。業績はあとからついてきます。そのためにも指針書による経営をお勧めします」と西村さんは言います。
株式会社ナコムは、徐々に方向性がそのとおり進んできて、いくつか実現もしています。指針書を作成することによって自らの言葉で話をすることができ、考え方のブレがなくなってくるということを、取材を通じて感じました。(取材:文/山田、辻、写真/田村)


 経営理念

私たちは食を通して新しい価値を創造し、お客様に喜 びと感動を提供し続けます。 私たちは全社員が将来の希望と働く幸せを感じ、互い を尊重し共に成長できる会社を目指します。
私たちは関わる全ての人に感謝の心を持ち、信頼され る会社であり続けます。

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。 学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

三方良しの精神が指針経営とつながっている!?


(株)MPCの森岡さんは、滋賀県出身の創業者から三方良しの精神を引き継いで、社員とC’メンバーを巻き込んで指針書を作ったそうです。「作ってからはPDCAを回せばいい」と話していました。実際に指針書1冊を社内で共有し、毎月の目標とPDCAを書き込んでいるのを見ると、お飾りの指針書ではなく、毎月必ず目を通す仕組みができていました。自社の指針書でも取り入れてみようと思いました。(株)ナコムの西村さんは、あるとき、ホテルから「食べたいと思わせるメニューを作ってよ」と依頼されたそうです。自社で撮影所を設けデザイナーの社員を入れ仕事をこなしていったそうです。「気が付けば、メニューを企画できる会社になっていた」と話していました。実際にホテルで働くパートさんからも注文が来るほどの人気だそうです。自社の商品を直接のお客さんに買っていただくだけでなく、その先のお客さんがおいしそうだから注文する。そして、食材がなくなるから注文する。そんなサイクルが回っているのだと感じました。自社に置き換えると、はたしてお客さんのその先まで見えて仕事しているのだろうか?と考えさせられました。
(情報化・広報部辻)



vol.5  指針経営で目標が現実のものとなる

あの人に聞く

紀洋木材(株)代表取締役 桑原 健郎
(大阪中央ブロック/臨港支部/2004年度入会)

PROFILE
所在地:大阪市大正区小林西1丁目
URL:https://www.kiyolumber.co.jp
設立:1953年12月
資本金:5,000万円
年商:32億9,236万円(2021年3月期)
社員 数:27名
業務内容:木材・建材の総合サプライヤー

修行先での勤務を1年弱で終え、紀洋木材に入社

紀洋木材は1953年に父親である一弘氏が大正区小林町に設立し、今期69期目を迎えました。この地で生まれ育ち学生時代は陸上一筋だった桑原氏は、大学卒業後、父親の紹介で東京の会社に5年間ほど修行する予定で勤めていましたが、1年も経たないうちに呼び戻されました。当時の紀洋木材は、父親がしている商店という感じで、社員は両親と専務を合わせて7、8名、トラックが4台くらい、それでも10億くらいの売上がありました。材木屋といっても、マンションやビル関係の仕事が多く、ゼネコンの下請けをしている協力会社への型枠合板などの材料売上が全体の9割以上を占めていました。マンションなどのほとんどが3月竣工であるため、型枠の仕事は4月から始まり、夏から秋口にかけてが繁忙期、年末の12月ごろに終わります。1月~3月はいつも赤字でした。



「木、売らなあかんのや」

桑原氏が大学生のころには全盲となっていた父親は、目利きの要らない、電話だけで済ませられるように商売を工夫してきました。桑原氏も入社当時は、新規を取ろうと型枠大工さんに材木を売りに行っていました。2、3年後には売れるようになりましたが、父親には「ベニヤなんか誰でも売れる、木を売らなあかんのや」と言われます。困った桑原氏はゼネコンの紹介を得て、造作大工さんとの縁を頼りに材木の販売を始めていきました。けれど慣れていません。ある時、和室の材料をたくさん仕入れて納材したところ「お前んとこがぼとぼとの木を入れるからカビが生えてくるんや」と言われ、何度もカビを取りに出向くことになりました。「一番情けなかった」と振り返る桑原氏ですが、そのような失敗を重ねながら少しずつ仕入先を開拓していきました。

社員の声を拾い上げ、改善していく

父親の時代は、会議や勉強会などは全くしていませんでした。配車を担当するようになった時のこと。4トン車に乗っている年配の社員についでに回ってもらおうと、もう1件別の納品伝票を付けておくと、「これは行かれへん、トラックが入らんと思う」と実際の様子を見もせずに言われました。仕方なく、若い社員に配送を頼みました。特に年配の社員たちは、当初は意見を求めても言ってくれませんでしたが、飲み会などで「手降ろしで大変や」「担ぐのがしんどい」などと口にしてくれるようになりました。そういったことを一つずつ拾い上げて、自社配送の体制を作り上げていきました。

社長に就任し、月売上の平準化から改革を始める

厳しい父親が脳梗塞で倒れて寝たきりになり、入社して14年後の2000年、36歳で社長に就任した桑原氏は、まず毎月の売上の安定化を考えました。それまでの型枠中心だった売上を、他の業種にもシフトしていくようにし、その結果、現在では型枠の仕事が4割、内装が4割、床材が1割、その他が1割になりました。また2013年に建設業許可を取得し、内装工事を始めました。工事をするようになると、今まで紀洋木材でないところから仕入れていた施工業者も仕入れてくれるようになり、そのことにより横の広がりも増え、相乗効果が出てきて、今や売上32億のうち約4億は工事の売上となっています。


目標を掲げ、それに向かって努力する

同友会には2004年に知人の紹介により入会。経営方針はその後自身で作り変えましたが、同友会の指針セミナーで最初に作ったものも手元に置いています。当時書いた将来の姿で実現していることもあり、思い描いて書いてみることで叶うようになると実感しています。父親に、目標を掲げそれに向かって努力するように育てられた桑原氏。全社員にノートを配り、社員にも毎月の目標を書いてもらっています。赤ペンで返事を書いて返すということを、20年近く続けています。書くことが苦手で「がんばります」としか書かない社員もいますが、口では言えないことでも書くことでなら伝えられるということもあります。一方で桑原氏自身も、毎年個人目標をノートに記して、意識して行動するようにしています。

社員の可能性を信じ、任せていく

固定費がかさむことが心配で採用はできるだけ最小限に抑えてきましたが、一昨年くらいからは新卒採用も考え始め、いろいろなところにアプローチするようになってきています。例えば、日本語学校の先生と知り合いになって、紹介してもらった外国人卒業生3名を従業員として採用しました。社内報は彼らが中心になって作り始めました。大正区の修学旅行生向け見学会受け入れにも参加しています。その時は社員に会社説明をしてもらっています。そうすることで社員も材木についての知識や人に説明する能力などを高めることができています。また、一人の社員が木工教室に通い出したことをきっかけに、手作りのボールペン事業を始めました。こうして社員ができることから手掛け、新しい事業を広げていきたいと考えています。



委員会活動による社内活性化

桑原氏には社員とともに楽しく仕事をしたいという思いがあります。昨年からは新型コロナウイルス感染拡大の影響でなかなか実行できていませんが、新年会やバーベキューなど、毎月何かしらのイベントを行うように、年間計画を立てています。3チームに分かれて、それぞれのチームが集まる場を設けて意見交換を活発にできるようにし、チームごとの意見などを全体ミーティングで発表しています。外部の講師の方に来ていただいて講習会を開催することもあります。朝礼もそうですが、ここ5、6年でようやくこうしたミーティングも社員が司会をしてうまく進行してくれるようになりました。

コロナ禍での新たな取り組み

昨年5月の連休には、現場が止まり、仕事がなくなるかもと不安ばかりで、どうにかしなければと悩みました。一方でよい影響もありました。毎日の朝礼は、コロナ禍で時差出勤となったことで、昨年は7時、8時、9時と3回に分けて少人数で行うようになりました。また、会議室に集合しては密になるという理由から、念願だった屋外での朝礼ができるようになりました。残業をせずに時間内に仕事を終わらせることも習慣づいてきました。また、BtoBからBtoCへの展開をと、オンラインでの販売ができるようにECサイトを作っているところです。

目標は、売上100億!

長男が東京の商社に出向中です。常にお客様が求めることに応えようと、とにかく必死でやってきたという桑原氏。その都度、人からの紹介や人との出会いを大切に、事業を展開してきました。「新しいことをせんと今までの状態で継続してたら、衰退していくと思っている」強みは、自社倉庫にある大量の建材管理と、円滑な自社配送のしくみ。それらを支える社員とともに、大きな夢に向けて、小さな目標をひとつずつ達成できるよう、日々努力しています。
(取材:文/北川、大西、谷澤、写真/谷澤)

 経営理念

私たちは木のぬくもりを通じて、
夢と希望の持てる幸せな企業を目指します。

vol.5  指針経営で楽しく成長。こんないいことはない。

あの人に聞く

(株)荻田建築事務所 代表取締役 荻田 晃久
(大阪中央ブロック/西支部/2011年度入会)

PROFILE
所 在 地:(本社)谷町事務所:大阪市中央区安堂寺町/巽事務所:大阪市生野区巽東
URL:http://o-ken-design.com
設立:平成25年3月
資本金:2,000万円
年商:3億1,200万円(2020年度2月期)
社員数:8名(内役員2名)
業務内容:工場建築と住宅を中心に建築設計から施工・リノベーション・不動産コンサルティングまで一貫したタテモノプロデュース

会社の沿革と事業内容

荻田氏の祖父が昭和30年代に布施で不動産賃貸・管理業を創業しました。地元である生野区巽の当時は田んぼばかりだった地域でした。その一角に工場を建てて貸す、いわゆる貸工場という業態でした。その後、父親が建築業も始め、そこに荻田氏が入社しました。現在の不動産業務は弟さんが承継し、建築業務を別会社として社員の竹田氏と共に独立・設立したのが現在の(株)荻田建築事務所です。


■ 写真右が竹田氏

同友会入会と理念への思い

同友会へは再入会して10年目で独立前から入会しています。最初の入会時はグループ討論が苦手ですぐに退会しました。その後、いろいろな経営者と出会うなかで考え方がガラリと変わり、再入会を決意しました。再入会後は例会報告内容がすっと入るようになり、グループ討論も素直な姿勢でできるようになり「自分と同じ考えをしている人がたくさんいるんだ」と同友会に親近感を覚えるように変化しました。その後、経営指針確立・実践セミナーを受講、そして修了したものの、実践することはなく理念づくりや指針づくりは手つかずでした。が、突然独立のタイミングがやってきて、「理念」がないことに気づきます。幸い時間だけはたくさんあったので、1カ月かけて自分自身と真摯に向き合って誰に何を伝えたいかということを三つの視点から考え作り上げました。現在の経営理念は独立当時に考えたものです。

指針書は指針合宿をして作る

経営指針書は毎年1月に社員全員で1泊合宿をして策定しています。残念ながら今年は新型コロナウイルスの影響でZoomでの発表となりましたが、毎年期初に発表会をしています。独立した当初は、SWOT分析をしたりもしてはいましたが、ほぼ荻田氏自身が考えたことをまとめただけの指針書でした。その後社員数も増え、指針合宿・指針発表会などを開催するようになりましたが、ビジョン・方針策定などで手こずり、時間切れになることも多々ありました。そこで昨年、同友会の仲間に「ココロの勉強会」というセミナーをしてもらい、ビジョンづくりのお手伝いをしてもらったことで社員からも活発に意見が出てくるようになりました。10年ビジョンも皆でアイデアを出し合い、デザインが得意な社員がイラスト化し形にしてくれました。そして今年エマジェネティックスセミナー(※)を受講し、社員それぞれの性格や考え方が違うことを明確化することで、多様性を認め合う意識が芽生え、社内の雰囲気が和み始めているのを実感しています。※人の思考の特性と行動の特性を、色と数字で見える化するツール。
指針書に掲げたことの到達度で言えば6割程度です。現代長屋プロジェクトなどタイミングによって急に進むこともありますし、思ったより進まないこともあります。ただコロナ禍がやってきて、ピンチをチャンスに変えるタイミングで、ここ数年力を入れたいと考えていた住宅事業スタートのための分譲地購入などを実行できたのは、指針書に掲げていたからこそだと思います。

10年ビジョンへの思い

サスティナブル工場の建設
設立当時に一般的な住宅の仕事ではなく、前社でも携わっていた3K(きつい・汚い・危険)職場といわれている工場・倉庫を5Kファクトリー(カッコいい・快適・空間・環境・効率)に変えるべく、メインターゲットに定め勝負するという方針を立て、さまざまなお仕事をさせていただいてきました。今後は、10年ビジョンに掲げた「サスティナブル工場」の建設をめざして技術力をあげていきます。

WakuWorkOfficeの完成
お客様の事務所をいろいろな設計・施工はさせていただいているのですが、ふと自社を見るとそうではないなと気づきました。社員がワクワクしながら働けるオフィスをということで、展示会やショールームに足を運んだりしながら、理想のオフィスを勝手に自分たちで考えてみました。そのアイデアを将来の自社オフィス構想に取り入れ、自社社屋建築をめざします。

世界に広がるO-ken-design
現在、自社にはご縁がありベトナム人の社員がいます。当初積極的に外国人の採用を考えていたわけではないのですが、たまたまご縁をいただいた彼の入社をきっかけに、地域社会にしっかりと根を張りながら世界にも視野を広げていきたいと考えています。

指針に取り組めていない悩む会員へのメッセージ

指針書をしっかりつくれば、会社が変わると言いたいところではあるのですが、変わるまでには時間がかかります。しかし、やり続けないことには成果も出ないし会社も成長しません。1年や2年では変わらずとも3年、5年と続けることで必ず変わってきます。「絶対にやるんだ」という強い思いを持って続けることが経営者の責任であり、覚悟がいると思います。人を生かして、会社もよくなって社会も良くなるという意識になるまで継続することが大切だと思います。私自身、ここまでブレずに「楽しく経営」を続けてこられたのも、独立当時にしっかりと納得のいく理念ができたことや、経営指針確立・実践セミナーの助言者をしていることなども要因だったと思います。やり続けるべきと感じる環境があったからこそできたところもあったと思います。指針を深めながら売り上げをあげて、利益をあげる。正直、非常にレベルの高いことだと思いますが、それで会社も社員も成長してくれたらこんなにイイことはないと思います。ぜひ悩んだ方は経営指針確立・指針セミナーを受講してください。


■ 大阪市ハウジングデザイン賞受賞  現代長屋の模型

 経営理念

我々は建物づくりを通して、
顧客の永きに渡る「人生」に貢献し、ともに歩む。
我々は自らの成長を信じ、
自らを表現し続けることで、新たな「自身」を開拓する。
我々は地域と共に暮らし、
広く世界と結び、豊かな「未来」を想造する。

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

社員とともに楽しく経営


今回、2社の取材に参加して一番に感じたこと、それは「本当に楽しそうに経営をしている」でした。しっかりとした理念のもと、ビジョンや方針で筋道をたて、計画に落とし込みそれを行動に移す。文字にすると単純なことに見えますが、実直に継続し続けることがいかに大変で難しいことかを私自身痛感しているので、お二方も相当の苦労をしているのだとは思いますが、過去の失敗や先代・社員さんとの確執や苦労すらも生き生きと語る姿から感じたことは、それを超える楽しさでした。描かなければ夢は叶わない、描いても動かなければ実現しない。経営指針確立・実践セミナーは受けて終わりではなく、そこから険しく楽しい経営の旅が始まるのだということを改めて認識する取材となりました。(情報化・広報部谷澤)

vol.4  指針経営で目標が現実のものとなる。

あの人に聞く

セントウェル印刷(株) 代表取締役代表取締役会長 中井 利夫
(大阪北ブロック/北第一支部/2003年度入会)

PROFILE
所在地:大阪市北区中崎西2丁目 東梅田八千代ビル
URL:https://www.centwell.co.jp/
創業:1896年
設立:1956年9月(株)中井商会として設立
資本金:4,000万円
年商:1億3,000万円(2021年度3月期)
社員数:9名(うち役員2名)
業務内容:カタログ、パンフレット、ポスター、チラシ、ダイレクトメール
その他印刷物全般の企画、デザイン、印刷及び加工、ホームページの企画・制作

会社の沿革と事業内内容

会社は昭和31年(1956年)に中井氏のお父さんが高級美術印刷を行う「中井商会」として設立されました。中井氏は某メーカーに3年勤めた後、25歳の時に入社しました。そののち現社長である弟さん三夫氏が入社し、お父さんとあわせて3名で勤務していました。兄弟、家族で運営していたので考え方や戦略について意見を述べると、仕事の中で公私混同する時もあり複雑な思いでした。また、それまでに勤めていた某メーカーでは社員が入ってもすぐに辞めることが多く、企業の雇用についてはそういうものだと感じていました。社名については入社後5年目に自分の将来への思いを込めて現在の「セントウェル印刷株式会社」に変更しました。「中井」の文字をそれぞれに英語表記したもので「中」は中央を表す=center、central、「井」は井戸を表す=wellから「セントウェル」ということになりました。事業としては当時珍しかった高級美術印刷(カラーでの印刷)を業務とする会社でした。


■ 長年の得意先様の演奏会のポスター

同友会入会と経営指針確立・実践セミナーの受講

同友会の入会は2003年です。当時ホームページを作成した顧客が会員で、同友会を紹介されて例会にゲスト参加することになりました。参加したところ、さまざまな経営者と話をすることができて、これは面白いと感じました。紹介者は他地域の所属支部でしたが自社は地域での取り組みの仕事が多かったので地元の支部に入会。3年後には支部長に任命されることになり、急きょ、経営者指針成文化セミナー(当時の呼称)を受講する流れになりました。指針セミナーで作った経営理念は今まで自社にあった経営理念とは全く違う内容となりました。当初の経営理念は売り上げを上げることが主であり、戦術的な要素のものでした。売り上げさえ確保すれば会社はなんとかなる、人は会社の都合のために辞めさせることができると考えていました。受講後の経営理念は「人を生かす経営」に基づいて作ったので経営者としての心構えが大きく変化しました。会社が成長するのに不可欠なものは、社員の成長と喜びであり、それこそが会社の発展であることを学びました。


■ デザインされた経営理念を説明

経営理念や方針を社員と共有するために

経営理念は3回ほど改定しましたが、変えるたびに社員とともに考えるようになりました。当初は自分が考えたことを一方的に伝えればいいと考えていましたが、実際のところは何も伝わっていなかったのではないかと思うようになりました。指針セミナー受講後からそれまでしていなかった朝礼をするようになっていきました。社員と一緒に取り組むことで会社のあり方や進むべき方向が共有できるようになったと言います。社内の変化により社員から意見が出るようになり具体的な経営計画をともに考えるようになりました。セントウェル印刷は社員が関係者に直接伝える経営計画発表会を5月に実施しています。社員は2月ごろから自主的に準備をすすめていますが年を追うごとにどんどん内容が深くなっていると感じるそうです。


■ 事務所風景、後列左は社長の中井三夫氏
右から二人目は後継者の中井洋平氏

社内での特徴的な取り組み

セントウェル印刷では社員に毎日試算表を読ませています。取り組みは10年前からです。理解できるまで時間はかかりましたが、数字を意識することで経営者的感覚が身につくようになりました。社員は毎月5日に売り上げ予定を書き入れて、月末に実績を入れるのですが数字が足りないとき、社員に「なぜできないのか」ではなく「どうすれば売り上げにつながるのか」「足りないままだと会社の状況がどうなっていくのか」というような試算管理としての考え方を教育しています。売上変動についてノルマを与えたり、個人追及したりはありません。社員は自分が何をしなければならないかを意識するようになってきました。現在のしくみになってからは与えられたことをするだけでなく自発的に行動するように変化しています。


■ セントウェル印刷株式会社「理念と方針」

セントウェル印刷(株)経営計画書より

 経営理念

三つの方針について社員が改善アイデアを出し合い、必要性の高い項目に絞り込み、具体的な取り組みを五つ考えました。

【より多くのお客様により高度なサービスを提供し喜ばれる】
18項目から7項目に絞る※1
・デザイン力を向上させる
・印刷物についてより多くの知識を付けて、さまざまな提案をできるようにする
・セントウェルのリブランディング
・制作外注力の強化、整理
・提案力の強化
・外注デザイナーについて
・会社のデザイン制作ポートフォリオ

【具体的な取り組み内容】
1 リブランディング 2 提案力の強化

【会社の発展・粗利益の増大】
18項目から6項目に絞る※2
・粗利益確認/価格改定
・下請けを増やし、さまざまなことに対応できるようにする
・印刷費、デザイン費などの見直し
・社内システムの効率化による効率化
・ルールを明文化し、人によるバラツキをなくす
・作業や手間に対する費用を見直す

【具体的な取り組み内容】
3 印刷費、デザイン費の見直し

【待遇改善・職場環境改善・働き甲斐の増大】
 21項目から4項目に絞る※3
・社内の整理整頓(5Sの実施)
・5S
・業務効率化に向けた打ち合わせ
・単純な見積もりや増刷仕事などのシステム化

【具体的な取り組み内容】
4 業務効率化 5 5S

取材を終えて


中井氏による現在のしくみづくりは短期的にできたものでなく、自身の考え方の変化と社員の地道な取り組みが合って形になっていったものです。そのきっかけとなったのは同友会の「人を生かす経営」であり、それを実践するための基盤が“経営指針”となっています。大事なのは計画だけではなく実践を継続することであり、それによって社員とともに歩む会社づくりになることを学んだ取材となりました。(取材:文/赤井、土本、藤井、西岡、写真:田村)



vol.4  トラブル現場の救世主として誇り高き仕事を

あの人に聞く

前田陸送(株)代表取締役 前田 浩司
(大阪北ブロック/阪神支部/2016年度入会)

PROFILE
所 在 地:大阪市西淀川区千舟1丁目
URL:https://www.maeriku.co.jp/
創 業:1969年
設 立:1987年 4月
資 本 金:1,000万円
年 商:2億2,000万円(2021年度2月期)
社 員 数:37名(うち役員2名)
業務内容:24時間ロードサービス、整備陸送業務、レンタカー事業

会社の沿革と事業内容

創業から53年目に入った前田陸送は、お父さんから事業承継した現社長、前田浩司氏により業務内容を増やしてきました。車の運転にはつきものの故障やパンクの応急修理、事故により運転不可となった車をレッカー搬送する24時間ロードサービス、また引き取り納車から始まる整備陸送などを事業の2本柱としています。前田さんはとりわけ車が大好きな子どもであったそうです。1994年20歳で社会に出る時、ディーラーには入らずお父さんの会社に入社しました。以来2012年の社長就任まで16年間ひたすら現場で働いてきました。阪神電車のガードに沿って事務所とけん引車駐車場があります。トラック用のレッカー車は相当大きく、そばで見るとまるで機械です。「この車は何トン積載ですか」と聞くと、しばらくして「20トンくらいかな」と返ってきました。最近仕入れた最高の車両、私たちが真剣に見ていると彼が乗り込み道路へ試運転に出し、働く車の動くところを見せてくれました。


■ 道路へ乗り出す大型レッカー車

同友会入会と経営指針確立・実践セミナーの受講

同友会を紹介したのはトラック販売や自動車部品を扱う会員でした。2016年に入会した後、同友会大学へ先に参加しましたが、次に経営指針確立・実践セミナーの受講をすすめられます。前田さんは社長就任後、自身で経営関係の本などを参考に経営理念をつくっていました。突っ走って、ついてこいと経営理念をつくりましたが振り返ると誰もいない、社員のことを本当に思っていたかどうか、こうした思いをきっかけに受講してみました。「なぜ理念がいるのか。会社の風土を作る。樹の根っこをひろげていく」そんな学びが自身の考えとピッタリあったと言います。お互いの幸せのために社員の夢と重なるところを見つける「みんなの夢が僕の背中にあるで!これは社員曼荼羅だ!」と意気込みましたが1回目は頓挫しました。

オリジナルの目標達成シートを作る

事務所の壁に経営理念の額をかけ、その周りにぎっしり貼ってあるのは社員から出された目標達成シートです。個人の今年の目標や課題を書きますが、ここから業界としての課題や社内の問題もわかってきました。テリトリーは大阪市内をメインとして対応しています。飲酒運転の規制が厳しくなってから泥酔事故は減り、またコロナ禍で交通量も少なく、出動の機会が減ると売り上げも減りますが、待機は必要という課題があります。ロードサービスは365日24時間営業で待機をしなければならず、求人を出してもブラックなイメージがあり応募が来ないという悩み。24時間のシフトをどうしたらいいか、社員の意見を聞くと24時間勤務して次の日は勤務明けとする、というのがいいとの回答でした。その体制にすると倍の人数が必要、ということでまた悩みます。規制緩和があった時にJAFからの仕事減少に、保険会社のロードサービスを増やしました。レンタカーも関連事業として始めました。社員の意見を聞くことで定着率が上がったそうです。解決しにくい問題は歩合給の計算でした。事故が起こるのを待っているわけではないので労働との対比が取れないところを固定給に変更。1分単位で残業手当を計算し、社員の納得を得ています。


■ 経営理念と社員目標達成シート

経営指針は社員を成長させる

詳しい解説をつけられた前田陸送の経営理念・行動指針書は事例や例えの物語も入っています。会社も人も楽しく幸せに生きるために理念(目的)が必要、と書かれた部分に目が留まりました。残る課題は現場の気持ちがついてきているかです。前田さんは急きょ3人の社員を呼び、各人の気持ちを直接聞くことにしました。「夜中に呼び出しを受け一人で行って『助かった~』『来てくれてありがとう』は嬉しいです、仕事をしている誇りです」と社員からの発言。「個人的にはこの仕事に満足している、今を精一杯頑張って結果が出るかな」と新人。3年目となると「自分が中心となって教える立場になり責任感が芽生えつつある。自分たちの質を高めていかなければ…」理念の勉強が確かに社員の思いにつながっていることを感じました。


■ 大型レッカー車の操作を教授

前田陸送(株)経営理念、行動指針(一部抜粋)

 経営理念

『私たちは 最高の交通インフラサービスを提供する事で
 人々の幸せを追求し 愛が溢れる未来を 実現します』 

 行 動 指 針

①素直な心で話を聴きます。
②何が安全でベストかを想像します。
③相手の立場になって判断します。
④実直に取り組みます。
⑤不変の価値を提供する為に変化し続けます。
⑥理解と寛容をもって人を育てます。

 安全スローガン

ひとつひとつの作業・操作を大切に!

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。 学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

経営者と社員と経営指針と愛ある日々


今回取材訪問させていただいた2社は、どちらも北ブロックの広報委員からの推薦です。その趣旨は経営指針やビジョンを作る過程において社員を巻き込み、その思いを社員と共有するためにどのように努力した日々があったかを知りたいということでした。セントウェル印刷は受注した印刷物のデータをデザインする机上の仕事。長時間残業から抜け出し一人ひとりが利益を生み出す財務会計を意識できるように訓練ともいうべき社員からの経営計画発表を求めます。それに真剣に応える社員の姿がありました。また前田陸送はトラブル現場の呼び出しに応えるために365日24時間稼働の過酷な仕事も必須とします。社員の仕事に対する誇りやモチベーションをいかに持ち続けられるのかが課題でした。経営指針が作られる過程には社員から出された目標達成シートが基盤となり、自分たちで作り上げた経営指針であることを社員自身が感じています。会社が発展していくのは経営者と社員と、経営指針と愛があるから、などと思いました。
(情報化・広報部西岡)



vol.3  経営者の役割とは何かを知る 「いい商品」を創る会社へ向けた一歩

あの人に聞く

(株)ホット 代表取締役 石田 貴之
(大阪南東ブロック/東住吉支部/2003年度入会)

PROFILE
所在地:大阪市東住吉区西今川
設立年(創業年):1978年 / 資本金:1,000万円 / 従業員数:13名
業務内容:服飾雑貨 製造卸売業(紳士・婦人バックル、紳士・婦人ベルト、装身具全般)

創業以来経済不況が直撃、3度引っ越した本社社屋

創業当初は住之江で操業していました。その社屋も手狭となり1984年に東住吉の北田辺に引っ越しました。先代が独立以来服装金具中心に開発し日本で製造してきましたが、おおよそ35年前に時代の流れで製造は海外に出すことになりました。初めは韓国で製造していましたが、次第に生産を中国に移してきました。生産が海外に移るとタイムラグが生じるので、在庫を抱えなければいけなくなり社屋がまた手狭となりました。1999年に東住吉区にある3階建ての駐車場もある建屋に移転しました。その場所で10年営業していたのですが、2008年のリーマン・ショック以来売り上げが落ち始め、とうとう5年後に赤字となってしまいました。落ち始めてからさまざまな取り組みをしましたが、大きな効果が認められず、このままだとつぶれるのではないかということが頭をよぎりました。幸い社屋はずっと賃貸でしたので、経費削減のために思い切って現在の今川に引っ越しを決断しました。


固定費削減するも新たな取り組みができず社員が退職


倉庫の在庫

借りるスペースが半分くらいになるため、たまりにたまった在庫をこの機会に処分するのですが、それは大変な作業で、社員にも負担をかけました。引っ越しの準備に半年、徐々に営業拠点を移しながら3カ月と赤字にもかかわらず8カ月ほど2カ所の家賃がのしかかっていました。そのタイミングで職人さんにも解雇通告をしなければいけないという辛い思いをしました。セミナーを受けたのはそれから半年後でした。赤字続きで先行きが見えない状態で受講しました。受講した時さまざまなアドバイスをいただき二度と社員を解雇したくないという思いが湧き起こりました。引っ越して固定費削減はできたけれど、新たな取り組みもできず会社の雰囲気が悪い状態で、自主退社を申し出る社員がぽつぽつ出ました。今から思えば私自身が自社の未来が見えない状態で「やめんといてくれ」といっても説得力もなく引き止められるわけもありません。

同友会との出会い

実は、私がこの会社に入ったのが2000年でしたが、それまでは商品の輸出入にかかわる会社に勤めておりました。2回目の引っ越しが落ち着いた1999年、突然の父の悲報のため急きょ代表取締役就任となりました。事業の方は学生時代に休みの日に家業を手伝っていたり、春休みや夏休みの時に中国の仕入れ工場に先代に連れられて社会見学で訪問もしていました。そんなこともあり業務はなんとか引き継げましたが、経営することがどういうことであるかは考えず、とにかく目先の仕事をやっつける日々でした。父の悲報から5日後に退職を申し出たにもかかわらず、こころよく送り出してくれた前職の常務さんが同友会会員でした。その方に「経営するんやったら経営の勉強せなあかん」と誘われて入会しました。

例会初参加の印象

参加はしてみるものの私の考えとは全くかみ合わず、その時の私は経営者目線は持ち合わせておらず討論の話が頭に入りませんでした。当時はすべての社員よりあとに会社に入ったということで、すべての業務を自分でやろうという気概で挑んでいましたので、単なるプレーヤーだったのです。気がつくとほぼ10年会を休眠していました。ところが高校の同級生と飲みに行くと、そのうちの二人がたまたま入会していたことを聞かされました。その時はどうも私の考えとは合わず参加していないと告げた覚えがあります。そのうちの一人から例会に誘われて2度ほど参加はしましたが、活動はしていませんでした。

同友会活動が始動

リーマン・ショック以降に業績がだんだん落ち込み赤字が続く中、支部再編で地域に所属することになります。私の中ではこの赤字をどうしていいのかがわからず、支部再編をきっかけに活動してみよう、そこから変えてみようとチャレンジが始まりました。入会当初は住吉・住之江支部だったのですが、現在は東住吉支部となっていて入会17年になります。活動が始まると支部例会委員会に参加しました。当時の支部長が経営委員会の高校求人部長ということもあり、例会のリハーサルが侃侃諤諤(かんかんがくがく)、奮闘するところを目の当たりにしました。そしてその話に入っていけない自分がいたことに落胆し、もっと経営を学ばなければいけないと思えた瞬間でした。


作業中

指針セミナー受講と不離一体で相乗効果

そうこうしながら活動していたらセミナー受講の話がありました。赤字続きでそれどころではないはずなのですが、ちょうど何かを変えたいけれど何を変えたらいいのかわからない、そんな時でした。いろいろなタイミングが重なり受講することにしました。気がつくと現在は経営委員会の経営労働部部長としてセミナーを担当しています。今期は支部の中で幹事長を務めます。また、支部で行っている東住吉塾(小グループ勉強会)の塾長もしています。偶然にもセミナー受講直前に弊社の得意先の顧客から新たなブランドを立ち上げることを相談されていました。ただ、その仕事をなぜ弊社に相談しているのかがその時点では明確ではありませんでした。商品開発をしながらセミナーを受講すると自社ドメインが明確になり、強みと弱みを考察することができました。


工具

現在の経営に対しての課題

セミナーを受講してから理念や指針書などは作りましたが、社内で落とし込めているかと言えば、まだまだできていると胸を張って言い切れません。ただ、毎年個人面談をしてその際に指針の計画などを伝えています。しかし実際にはその計画がうまくすすむ部分もありますが、なかなかすすんでいないところもたくさんあるので、その部分は今後もっと詰めて考えていきたいです。

経営指針セミナーを受講して

正直、指針経営はしているもののうまく社員を巻き込めておらず、指針書は私自身が更新しています。ただ、社員からは「私自身が変わった」と言われる場面がありました。今から考えるとすべてにおいてプレーヤーでマネージングもできておらず、やることなすこと場当たり的だったのだと気づけたのはセミナーを受講したからだと感じています。受講してから経営に対する視点が変わり社員や雇用に対する考え方も完全に変わりました。指針経営に入ったあとは数字的なことも併せて見てもらい、危機感を共有できたことで大きく会社が動き始めてきました。社員にある程度任せても大丈夫だと思えるようになりました。


試作のプロトタイプ

今後の展望

当然コロナ禍は大きな影響を及ぼしています。緊急事態宣言で服飾雑貨を扱う店舗の相次ぐ休業で多くの会社は販売が大きく落ち込んでいますし、さまざまなことで状況がガラッと変わりました。この大きな変化に対応していくために変えるべきところは積極的に変え、変わってはいけない自社の個性・特徴というのか本質の部分はもっと尖らせて、磨いて強靭な体質になっていくことをめざしています。変化させていくところでは新しい分野の商品展開をすすめています。また、販売の仕方も変化しどんどん多様になっていますが、あまりこだわらず取り入れていって、できることを広げていくことに取り組んでいます。変わらないところは新しいもの、安心・信頼できる商品を作っていくこと。ごく基本のことですがもっと磨いていく・質を上げていくために何をするかを考えて取り組んでいます。また高齢化した平均年齢を一気にはできていませんが、改善に取り組んでいます。とはいえベテランスタッフの経験や知識は貴重です。若手をベテランがうまくフォローできる形をどう作っていく?なんて話しながらこれからも続く組織をめざしています。(取材:荒田、山田、写真:田村)

HOT CO.,LTD. 第4期 (2021年度) 経営指針書より

 経営理念



 中期 (5年) ビジョン
 2025年 私たちの姿


私たちの「いい商品」は様々な服飾雑貨に及んで います。
これまで金物服飾雑貨の製造がメインでしたが、国内の皮革製品工場との提携で同社の生産・販売等一切に携わることとなり、ベルト本体や皮革製品等金物以外の試作も迅速に製作できることが新たな強みとなりました。また海外生産に加えて国内自社生産ができることで、多種・多様性が求められている流れに対応して確かな成長をしています。更にこれまでの製品に留まらず、様々な服飾雑貨の開発・製造にも力を入れて取り組んでおり、そのために必要となる設備を積極的に導入して私たちの出来ることがどんどんと広がっています。次の5年は服飾雑貨だけでなくて色々な雑貨を、色々な雑貨でもっともっと「いい商品」を創っていく、その土台が出来上がっています。
もっともっと「いい商品」を創る会社に。

スタッフ数15名平均年齢42歳~45歳(60歳1名、56歳2名、53歳1名、52歳1名、51歳2名、45歳1名、41歳1名、37歳2名、29歳1名、20~35歳3名)自分たちの商品が色々なお店やECサイト・SNSで見かける機会が益々増え、家族にちょっと自慢してみたりと誇らしげに感じています。作業場スペースが増設され、作業効率はかなり改善されたのですが、既に手狭になってきていて、またまた課題に直面してしまっています。事務所も改装し、高い棚も無くなってとても開放的で広々と感じるようになりました。自然とスタッフどうしのコミュニケーションも多くなり、協力し合ってスムーズに仕事が進んでいます。「緑を増やしたりして過ごし易い空間にしたい」と女性スタッフが中心に行なったレイアウトがご来客の皆様に大変ご好評頂いています。(原文通り)

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

指針セミナーと自社経営の同時進行で深まる気づきと学びでV字回復


大阪南東ブロックの指針セミナーは石田氏なしには語れません。赤字からのV字回復と同時進行で、指針セミナーを受講したことが他の人に比べてぐっと深く噛みしめられたのではないでしょうか。指針セミナーを受講したあとに、自社経営の間違いに気づくことができた。しかも従業員さんから石田氏が「変わった」と、よく言われるそうです。そんな時「はっ」と指針セミナーを受講したことが良かったと気づかされる瞬間だと語っていました。また、石田氏いわく「まだまだです」と、いつも謙虚な姿勢で取り組んでいるところに伸びしろがあり、指針セミナーの大切さが理解できているからこそ自然に指針セミナーの運営に足が向くのだと、感じました。自社の風土づくりを促進するために一人ひとりとの面談も欠かさないそうです。指針セミナーの運営にかかわることでさらなる気づきに出会うことがあり、自社経営の実践に取り入れているからこそ、継続して指針セミナーに向き合えるのだと思います。受講後は赤字に陥ることもなくコロナ禍でも受注に大きな変動がないのは、地に足がついた指針経営が後押ししている気がしました。(情報化・広報部荒田)



vol.2  2018年に立てた2023年ビジョン(夢物語)がどんどん実現!

あの人に聞く

(有)伊藤歯車製作所 代表取締役 伊藤 雄一郎
(大阪南ブロック/かんくう支部)

PROFILE
所在地:本社・工場/大阪府岸和田市磯上町(岸和田工業センター協同組合内)
URL: https://ito-haguruma.jp
創業:1951年4月 / 設 立:1957年4月
資本金:1,500万円 / 年 商:2億4,000万円(2020年度1月期) / 社員数:32名
業務内容:各種歯車及び歯車関連部品の加工・製造・歯切り、歯研、設計、ミーリング工事一式及び設計

自社の概要及び事業紹介

会社は関西国際空港に近いだんじり祭りで有名な岸和田市にあります。昭和26年にこの地で祖父が歯車工場を創業しました。当時は泉州地方の地場産業であった紡織機メーカーの専用機部品としての歯車を加工していました。昭和32年に会社を法人化、昭和55年に現所在地である岸和田工業センター内に移転しました。平成元年に父が2代目として会社を引き継ぎました。バブル経済が終焉(しゅうえん)し、時代の変化と共にそれまで主流であった歯車の部分加工のみの仕事から材料共全加工での歯車の製造が主体となっていきました。平成30年に2代目の父から事業を引き継ぎ、今年2月より65期目を迎え5月現在、社員32名のみんなと一緒に日々歯車の製造と社内の風土づくりに勤しんでいます。


製造工場内風景

【歯車について】
歯車は円です。円周上に歯車の歯を加工しています。ということはそこに円周率が関係していきます。円周率は割り切れません。その割り切れない円周上に歯を加工します。そこには必ず誤差が生じます。その誤差をいかに小さくするかが歯車の精度です。100分の1mm、1000分の1mmといった単位で加工誤差を計算します。それでも狂います。身近なものでは時計です。時計の歯車はうちでは作っていませんが、原理は同じです。ずっと使っていると速くすすんだり遅れたりします。それが誤差です。回っているものはすべて同じです。地球も回っています。そこに誤差があり、その誤差を調整するのが4年に1度のうるう年です。そんな大きな仕事をしているのだと誇りに思うこともあります。誤差0は不可能かもしれませんが、いつかそんなことが実現できたらと思います。それは人も会社も同じです。完璧にはなれないのかもしれませんがそこをめざし少しでも近づきたいです。


歯車の歯切れ

経営指針セミナーに出合った経緯

私が初めて経営者であることを自覚したのがリーマン・ショックの時でした。受注が減り売り上げが半分になりました。雇用調整助成金の申請手続きを全部自分でした時に、はじめて経営の数字というものに向き合いました。その後も当時専務をしていた叔父が退社するなど大変な時を乗り切り、社内改革に着手しましたが何をしてもうまくいきません。社員の病死などもあり自分を見失いかけていた時に同友会と出合いました。どうすればみんなが同じ方向に向けるのだろうと悩んでいた当時、入会式で経営指針セミナーの話を聞き、飛びつくように受講を決めました。セミナーでは助言者からの「歯車って何?」との質問と「信頼関係ってどういうこと」という質問がずっと頭の中をグルグル回っていました。とくに「歯車って何?」という質問に対し、うまく伝えることができません。セミナーの最後で信頼するということ…社員は頼ってくれるのを待っているとの言葉…。そこでいろんなものが一つになって「歯車ってみんなで動かすもの」という言葉が自然と出て、それが自分の心の奥にストーンと落ちてきました。その瞬間私の中で確固たる芯ができました。


現場が共有の場

現在の経営に対しての課題

2023年ビジョンを今すすめています。社員への浸透はまだまだですが、少しずつでも着実にそのビジョン達成に向けてすすんでいる事実を見せ「ほらな、大ぼらでもなんでもなく言ったことがホンマになっていくやろ」と言うことで、私だけの小さな夢から社員全員の大きな夢に向かう企業にしていきます。現在の課題はリーマン・ショック後二度と雇用調整助成金を使わなくてもやっていける企業づくりをしてきたつもりでしたが、今回のコロナショックで制度を使わなくてはならない状況になってしまっているということです。営業力を含めたビジネスモデルの見直しや、さらなる進化を見据えた社内改革などやるべきことは尽きません。


【ビジョンの中にあるAIを使った工程管理システム】


管理ボード

少量多品種の工程管理をしながら、フレキシブルな対応ですべてのお客様に満足してもらえるように現在運用している工程管理システムに、AI機能を追加して超高効率な工程の組み立てをリアルタイムで行い、誰がどの仕事をいつまでに終わらせるという管理を考えています。今回の雇用調整助成金制度から時短作業を選択して仕事をしていますが、製造現場ではリモートワークはできません。それなら働き方において定時まで働くという考え方から、今日やるべきことを終わらせれば終業という考え方にシフトできるのではと考えています。そのやるべきことをどうやって品質を守りすすめることができるのかが課題ですが、3S活動を通して腰を据え全社一丸となって考えることで実現できると思っています。そのことによってこの会社で働きたいと思う人たちが増えていくのではと考えます。

経営指針に対する思い

経営指針書を作成して公表したことが一番よかったと思います。言うだけでなく書いてあるので勝手に変更できません。自分と社員との約束であり社員同士の約束なので守らなければウソになります。常に振り返り掲げた目標への進捗確認ができることがいいと思います。それを続けることで場当たり的でなく社員としても私の言っていることが一貫していると感じてくれるのだと思います。

同友会にて学んだこと

同友会入会は2014年です。今年度かんくう支部で支部長をさせていただいています。私が同友会で学んだことは全人格的成長をめざすということです。そのためには主体的に考えるということです。すべては自分の責任だということ。何かをすることはもちろん、何もしない、何も動かないということもすべて責任だと思っています。それだけ責任、責任と言われると正直怖くなります。でも経営者として社員を守り、会社を守り、社会を守っていく責任があると考えるとそこから逃げ出すことはできません。だからこそそんな責任と向き合うために私は理念が必要だと考えています。同友会でいろいろな方の報告を聞きいろんな手法を聞いたりしますが、ただ真似をしてもうまくいく気がしません。その奥にあるその方の理念や思いを受け止めて主体的に行動するからこそ、うまくいくのだと思います。私は同友会でみなさんがどんな思いを持ち、どのようにして自社と向き合い、社会から必要とされる会社をめざしているのかを考えます。うまくいったりいかなかったり、その度にいろいろな葛藤に悩みながら成長したのだと思うと、その時の心の変化やそれらすべてを含む経営者としての姿勢というものを学ばせてもらっていると思っています。自分の姿勢というものがなかなか見えないことが多々あります。自分の姿勢をしっかりと正してくれるこの同友会でたくさん刺激をもらい気づき、いろいろな学びを持ち帰って会社で実践していきたいです。
(取材:山田、荒田、写真:田村)


オペレーターによる仕事

(有)伊藤歯車製作所 「第65期経営指針書」より

 経営理念

私たちは、互いに思いやり
みんなの力で動く活気ある企業を目指します
私たちは、歯車を通して
確かな技術力で生活を豊かにします

 2023年ビジョン
 2年先、伊藤歯車製作所のありたい姿

2年前に工場の拡張改修工事を終えて、2階建てとなり1階部分は空調完備の工作機械エリアで工程に合わせ機能的に機械が配置され、安全で快適な作業環境の中、25名の社員が意気揚々と作業をしている。
2階は事務所、更衣室、食堂、会議室、検査室、出荷梱包場所、資材倉庫のエリアに分かれていて営業が3名、生産管理が2名、事務員が3名、品質管理が3名、出荷梱包に2名の社員がいる。
生産管理が中心になって進めていたAIによる工程管理システムがいよいよ稼働し始め効率的な工程管理が実現できる。このシステムと共に新たな営業ツールとして国内企業だけでなく海外企業にも攻勢をかけていく予定だ。
月に一度の【3S活動日】には活発な意見交換が出て会社の改善活動のさらなる飛躍の日になっている。そのことが社員共育にもつながり、弊社の企業風土を形成する大きな要因になっている。

毎年、新卒社員が入社して現在社員数は40名となった。工場見学に来て下さる方々も増え、その度に弊社の社員のモチベーションが上がっていく。自分たちの仕事に誇りを持ち、自信がついてきたことを実感している。それぞれがしっかりと目的を持ち、目を輝かせて自分のやってみたいことや夢や希望を語っている。
売り上げは5億を超えたが残業自体は減少している。納期遵守率も飛躍的に上がった。これはひとえに社員みんなの思いがうまくかみ合って、回っている証拠だ。互いに助け合い、思いやることで社員1人1人が本当に成長している。
5年前に掲げた47都道府県すべてにお客様を作る目標も去年達成し、その得意先回りに社員と共にあいさつに行き、ご当地の美味しいものを食べて回っている。
来年は自分の技術を生かしたオリジナル製品を携えて5年前に視察したドイツのハノーバーメッセへの出展を予定している。いよいよ世界から受注を始める前段階にきた。商社と共に戦略を立てている。この先を見据えて始めた英語も上達してきた。
今年の面談も終わり、今月の3S活動日に指針作成会議をして次の5年ビジョンを社員と共に作る予定だ。次はどんなことを実現してやろうかと社員と共にワクワクしている。 (※2018年作成 原文通り)


歯車

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

経営指針書の見本は周りを見渡せばいくらでもあります


結構時間と労力をかけて経営指針書を毎年作っていますが、これで完全と思えたことはありません。完全を求めて同友会仲間の方から指針書を見せてもらったりしてきました。10年ビジョンは10年先こんな会社になっていたい、なっているとの思いを込めてつくっていきます。これは10年目にいきなりこの姿になるのではなく、ビジョンを掲げたその日から一つひとつ叶えていくものなのだと改めて気づかされました。経営指針とは円周率のように永遠に割り切れないが、少しでも精度を上げていくことへの追求が指針書による経営になるのだとさらに気づかされました。2021年度大阪同友会は「すべての会員が経営指針に基づく企業経営の実践」を方針に掲げていますが、コロナ禍でなかなか指針セミナーができない現状です。しかし、周りを見渡すと必ず身近に手本となる指針経営をしている仲間がいます。たとえそれが1ページだけの指針書であっても必ずヒント、見本になる指針書だと思います。(情報化・広報部山田)



2021年度、新たに巻頭にはシリーズ「経営指針・実践中」を掲載いたします。会社の羅針盤ともいうべき経営指針は、それぞれの会社において何を根幹において作成され、どのように実践されているのか、経営者として最も興味があり、学ぶべきあり方を、取材を通じて皆様にご紹介いたします。

vol.1  クリエイティビティを発揮 1社依存の下請け体質からの脱却

あの人に聞く

(株)大西製作所 代表取締役 大西 隆裕
(大阪東ブロック/しろきた支部)

PROFILE
所在地:本社・工場/大阪市鶴見区横堤5丁目 / URL: https://www.ohnishi-mfg.co.jp
設立:1959年9月 / 資本金:4,600万円 / 年商:2億円(2020年度3月期)/ 社員数:20名
業務内容:産業機械(主に搬送装置)の受託開発・一式製作、金属部品(製缶・塗装を含む)製作、エキスパンドメタル製品加工

大阪市内、地下鉄の駅近くの立地で珍しいコンベヤを作る工場を見学しました。

地下鉄長堀鶴見緑地線の横堤駅から徒歩5分、鶴見緑地公園の近くに株式会社大西製作所があります。初めての訪問ということもあり早く到着、近くを少し散策しました。横堤駅から向かう道にはちょっとした散歩道があり、住みやすい地域であることもわかりました。会社の入口につくと、大きな敷地で広々とした空間が広がっていました。見たところ駐車場でもなさそうでした。のちほど話を聞いてわかったのですが、入口に広がる大きなスペースは長いコンベヤをバラして10トントラックに積み込み、出荷する際に必要な空間だったのです。ちょうど、訪問した時には出荷が終わったあとということもあり、ガラーンとしていたわけです。次回はその出荷の様子を見たいものです。さぞ、迫力があることでしょう。

そして、外から見たところ大きな敷地の割に音が少なく、もしかして本社では製作は行っておらず、第2工場が稼働しているのかと思うくらい静かでした。ところがあとで見学すると周りの住宅地に対する配慮で、できる限りうるさくならないように作業していることがわかりました。環境対応のために2004年環境認証(ISO14001、2020年よりEA21に切り替え)を取得し、全社的な環境教育に取り組んでいます。

事業はオリジナルのコンベヤの製品製作

創業時よりオーナー系子会社で、椿本チエインが4割強を出資しています。祖父が椿本チエインの近隣地にて創業しました。当時は住宅地もなくほとんどが蓮池畑のような土地で、農業が細々と営まれている地域でした。現在は旧第2 工場へ本社を移しています。
椿本チエインの本社は敷地の売却で北区へ、チエイン製造部門とコンベヤ部門はそれぞれの工場へと移転しました。売却地跡にはイオンモール鶴見緑地と公団マンションが立ち並んでいます。(株)大西製作所は引き続きこの地域で営業していて、市内で製品の試運転ができる数少ないコンベヤの会社となっています。

一貫生産の受注

建屋はA棟~C棟の3棟に分かれており、それぞれの建屋で役割分担していました。事業としては開発案件が多く、開発、設計から細かなパーツづくりや組み立て、塗装、製品仕上がりまで一貫受注のできる設備がありました。
製品仕上がりまで製作できる設備があることで、試運転が市内で可能なことから、クライアントの立ち合いに重宝されているのだと聞きました。プラントのコンベヤということもあり、組み立てると大きな製品となるのですが、いったん組み立てたあと試運転し、動作確認しなければ出荷ができません。そのため試運転で確認できたらある程度バラして出荷するという大変手間のかかる作業となりますが、仕上がり製品を作る工場としては当たり前だそうです。

入社のきっかけ

大西氏は大学の工学部を卒業後、会社勤めをしていました。今からちょうど20年前に2代目のお父さんから「独自製品を開発したい」という相談があり、(株)大西製作所に入社しました。
椿本チエインからの仕事は、チェーンコンベヤの特注品の設計と製作が中心です。2代目のお父さんまでは、1社依存体質の会社だったため、社風は指示通りに動き、余計な考えを持たないというのが当たり前でした。社長就任後の現在は、特注品以外の仕事を減らす方向ですすんでいます。売上は下がりますが、利益の追求を考えると苦渋の決断であったことと思います。

同友会入会

入会は2004年です。当時は入社4年目ということもあり、開発担当者として奔走していました。当時は受注型の経営方針だったこともあり、社の風土が言われたことを淡々とすすめる、余計なことを考えないといった感じだったそうです。リーマン・ショックでは新規受注が丸1年止まり、売上が3割減り経営が不安定な状況となってきました。そういったこともあり、独自技術をもって他社からも受注しなければいけないという思いが湧き起こります。これからの製造業はサービス業と同じ「クリエイト」に価値を見出さなければ生き残れないと確信しました。

社員と危機感の共有

椿本チエインの海外進出や生産コストの圧縮要請で、特注以外の商品に関しては、売上が上がっても利益が伸びない状態が続きます。今から思えば2001年に入社のきっかけとなった「独自製品の開発」は2代目の父にも危機感があっての相談だったのだと思い、当時のことを振り返りました。独自製品の開発なくして未来はないと考え、独自技術の特許を申請してきました。2011年より方向転換、受注型のスタイルから、独自技術を売り込むスタイルにする中、親族を含む元会長(当時社長)を支えるベテラン幹部社員が退職することになります。2008年リーマン・ショック後、2011年の東日本大震災も重なり、人件費を下げるためにお願いして引退してもらいました。
そして、2013年に指針セミナー受講。独自技術を糧に椿本チエイン以外からの受注を加速。しかし、簡単には指針が浸透しませんでした。2015年新工場操業開始、本格的に独自営業を始めました。このころから、個人面談を開始し新しい風土づくりが始まります。組織経営の変革の始まりでもありました。製造業は製品を作るだけでなく、新たな商品を作り出さなくてはいけない、一人ひとりがそれを考えられる従業員になってほしいという願いを伝えました。
 独自営業をすすめるなかで、大手の子会社ということもあり新たな販路の開拓はできたものの、だれもがやりたくないややこしい案件が集まり、売上が思うように上がらなかった経緯もありました。個人面談の際に独自商品の開発を伝え、販売に賛同が得られない場合、やむを得なく退職する社員もいました。退職の際、今後の働き口の紹介や、給料の保障などをするため、創業したての新工場をその時期に売却するという思い切った決断となりました。今、横でマンションが建とうとしています。

激動の代表が始動

2017年代表に就任し、このタイミングでしろきた初代支部長就任。幸先よく感じますが、この翌年大型台風で工場の屋根が吹っ飛ぶという災害にみまわれ、復旧に1年近くかかりました。2018年にベトナム人雇用を始めると、先に述べたように早期退職者を募りました。2019年に会長が退任。2020年は新型コロナウイルスが猛威を振るった1年でした。激動の時代を受け継いできましたが、そんなことはみじんも感じさせずに同友会活動をしています。なぜ、そんな苦労を感じさせないのかをたずねると「大変なことを言っても仕方がない、大変だと考える余裕もなかった」と語りました。

先代の心遣い

おそらく、2代目のお父さんが就任の際に苦労をした経験から、3代目に無理なく引き継ぐために早い段階から徐々に仕事を任せてくれたと大西さんは言います。会長を2年間務め、対外的にも安定の経営体質を遂行しました。会長退任後の現在でも、相談役として新商品が開発できると見に来ているということでした。ものづくりに従事してきた者として、自社の新商品ができると子どもが生まれることのように喜んでいるそうです。

コロナ禍での営業活動

通常であれば自社商品をセールスに、紹介などを伝って訪問も可能かと思うのですが、コロナ禍で簡単ではありません。そのためテレアポの業者と契約し、自社のセールスをすすめています。もちろん確率は低いですが、何もしないわけにもいかないので、少ない数でも興味を持った企業に対してセールス活動を続けています。

今後の展開

指針書にビジョンが掲げられています。公開はできませんが、他社の新製品を開発していました。モノを動かす(運ぶ)ための技術が得意なので、その動きを上下させる設備の開発も手掛けています。これからも独自商品の開発、設計を追求して、他社との差別化を図っていくことでしょう。今後、技術開発者がますます必要になります。現在は開発案件の多数を代表である大西氏が補っていますが「その事業を担える人材を育てていきたい」と話を締めくくりました。

(株)大西製作所 「第62期経営指針書」より

 経営理念

我々は、ものづくり集団として技術・技能の進歩へ貢献することで社会における永続した安心を提供する

 経営理念の解説

当社がメーカーとして保持する、ものづくりに関する固有の技術やノウハウを発展させて製品に反映させるとともに、新たな技術開発による製品づくりへの取り組みを進めます。そして当社の製品が高い品質と性能を伴って客先に設備として供給されることにより、信頼と安心が保証され、その先にある人々の社会生活基盤の安定につながり、社会へ安心の提供がなされます。また、そのような目的意識を会社内にて集団として共有することにより、それぞれが高い志を持ってさらなる成長へとつなげていきます。
(代表、大西 隆裕 発信)

 大西製作所ビジョン2030(一部抜粋による)

将来展望・新たな柱を作り続けられるような体制作り
    ・顧客の業績拡大に繋がるお役立ちの仕事を受ける
    ・今ある仕事が常に変わり続ける
    ・特定の個人に頼らない組織運営
    ・社員一人ひとりの人生の充実

10年後にありたい姿
    ・売上5億円、社員30名(20%は女性社員、10%は海外出身)
    ・海外への自社製品輸出
    ・営業および製品サポートのための支店開設

大西製作所の2030ビジョンの組み立ては、技術力、設備力、生産力をもって製作する装置や部品をいかに顧客ニーズと合致させるかに焦点を合わせています。上記経営理念とその解説を受けて、コロナ禍における不透明な経済の中、新たな体制づくりを固めるため全社員に向け発信されたビジョンの骨子をご紹介しました。未来への取り組みが、営業、人事労務に分けて具体的で、明確に記され分かりやすいです。この他中期計画も作成されていますが、誌面が狭いためご紹介できないのを残念に思います。 (編集 西岡)

【深化の扉】
取材をしてようやく真の課題が見え、会員の人となりを知る。広報部員の冥利に尽きる役得かも。学びを深める扉を開けてみると、自身の課題とも重なっていく。

経営理念、常にその意味を問う


生産過程における元請け下請けの関係は商いの伝統ですが、そこには必ず上下関係が発生します。利害関係はやはり元請けが有利かというと、大半はそうですが、中には付加価値のある無二の製品を製造する技術にたけていることで、下請けが元請けを上回る存在になることもあり、それが期待されます。売り手・買い手・使い手と三方よしの関係は理想に過ぎないのか、それとも成し得ることなのかを問う取材でした。(株)大西製作所は大手の製品製作の下請け企業として関係会社から資本参加を受け入れました。しかし長い年月の間には独自で利益を確保できる関係ではなくなってきたと言います。下請けからの脱却、独自の製品の開発、エンドユーザーへ手が届く最終完成品の創作を試み、取り組んできた十数年でありました。体制を変え変革をするには、大きな犠牲が伴い苦しみにさいなまれます。しかしそこに再確認する経営理念があり常にその意味を問う、長いスパンで理想を掲げた2030ビジョンがあり、社員と共有し企業変革を実践していく、そんな姿を見せていただきました。
(情報化・広報部 西岡)

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